謎だらけの人物
「そもそもテロドス、あんたは何でそんなに奴らを庇う?」
「庇っていない。得体の知れない強者に対する警戒をしている」
「……そんなにかい? 私は昔からそういうのを察するのは得意じゃないさね。少なくとも私ら三人いれば、そこらの特級なら完封できるはずだよ」
遠距離から強力な魔法をぶちまけることを得意としているスワムは、接近戦をするテロドスやラクトほどに相手の実力を推し量れない。
特級と言ってもピンキリであるから、スワムの言うことはあながち的外れではないのだ。少なくともラクトは特級に手が届く実力があり、スワムの広範囲殲滅力はそこだけ見れば上位の特級クラスであり、総合的な戦力を見ても下位の特級冒険者クラスはある。当然それよりも席次が上にあたるテロドスは、特級でもベテランの域に入るようなものたちの前にも立てるほどの実力者だ。
特級冒険者は大国でもいて数人程度しかいない存在であるが、オラクル教は南北大陸のほぼ全域に手を伸ばしている。その神殿騎士上位の実力が特級冒険者に相当するのは当然のことであった。
「戦っていないのに無理とは言いたくないが……」
「無理。魔法を使われた時、死んだと思った。あの人に魔法を使われた時と一緒」
テロドスが言い淀んだ言葉を、ラクトがあっさりと口にする。
「あの人って言うと【致命的自己】のことかい?」
「あれは無理」
「そうでなくともあそこにはノクト殿がいた」
「嫌な信頼だがね、あいつは多少無茶したって私らのこと殺しやしないよ。殺すつもりなら姿を見せた時点でやってるさね」
昔馴染みであり、かつて幾度か衝突を繰り返したノクトのことは、スワムもよく知っているつもりだ。ずいぶんと物腰が柔らかくなっていたけれど、会話をする限り根本はあまり変わっていない。
「それでも無理かね?」
「最初から言ってる。無理」
スワムはここにいたって、腕を組み初めての長考に入った。
長くオラクル教の最前線で戦い、後進を育ててきたスワムは、今神殿騎士となっているほぼすべての人物の教育に携わっている。
だからこそ今回は余計に自分の考えと直感を最優先して動いたのであるが、どうも自分の感覚と残りの面々の認識のずれが目立っていることに気が付いた。
テロドスは慎重だが公平だ。熟練の戦士であり、知恵者であるがゆえ、じっくりと時間をかけた時にその判断を誤ることは殆どない。
デクトは真面目一貫で、人々の平和な暮らしを願うことに余念がない。少なくとも人の世界を害するような危険な人物をあれほど庇うことは考えられない。
ラクトは一見適当であるが、なにかしらの神子としての力を持っているようで、敵を切る時の第六感を外したことがない。先ほどは売り言葉に買い言葉で、冤罪で人を斬っていると言ったけれど、それはおそらく調査の方が間違っているか、やんごとなき理由で事件を表に出せなかっただけだ。
だからこそ、ラクトは未だに神殿騎士としての席次を守っている。
総合的に考えると、ハルカは確かに何かしら悪事めいたことは企んでいる。
ただし、ハルカという人物は、人を害するような性格はしてない。実際挑発してみた時の反応は、かなり穏当な方であった。街や噂での評判は概ねよく、人気も高い。
同じような情報を持っているはずのテロドスは、ハルカとの交渉を経て、彼らを信頼に値する人物だと判断している。スワムからすれば怪しいことこの上ないが、テロドスのことだから自分のように乱暴な交渉はしなかったであろうことは想像がつく。
冷静に情報を整理すれば、しばらく様子を見てもいいのではないかという判断にたどり着くのも分かる。しかしそれだとやはり、〈混沌領〉と〈暗闇の森〉への立ち入りを頑なに拒否する理由がわからないのだ。
ラクトの第六感が働いた理由も同様だ。
スワムはよくよく考えた末に馬鹿らしい考えが浮かんでつい口にする。
「……例えば【耽溺の魔女】が何かしらに恨みを持っていて、破壊者達をまとめ上げて人族の領地へ攻め込んでくる、なんてことは……」
三人の怪訝な表情に気づいて言葉を止めたスワムは、いよいよ自分も耄碌したかと首を振った。
「あれだけ街の人間と仲良くやっていて、流石にそれはあり得ないさね。……そういえば【耽溺の魔女】の出自ってどうなってるさね?」
スワムの質問には誰も答えなかった。
〈オランズ〉の出身らしいことは聞いているけれど、ダークエルフの親が街に住んでいる気配はない。
どこから現れて、どうして冒険者となったのか。
誰もがある程度調べてきたはずなのに、その答えを知るものはいなかった。
「やっぱり怪しいじゃないか……」
「冒険者の出自は大抵そういうものだと聞きますが」
スラム街出身の冒険者たちを幾人も見てきたデクトが控えめに反論すると、スワムはじろりと睨んで反論する。
「いいや、おかしいね。奴は冒険者になった時点である程度の教養があったと聞いたさね」
「だからって疑うのは乱暴ではないでしょうか?」
「……そうさね。ちょっと私はラクトを本国に送り届けたら【耽溺の魔女】について調査することに決めたよ。代わりのものは派遣する。でもねぇ、あんたらが奴を信じると言ったんだ。その間何かあった時は死んでも街と人を守るんだよ」
「言われずとも」
テロドスは眉をピクリと動かして堂々と答えた。
守れるかどうかはともかくとして、平和に暮らす人々のために命を賭す覚悟くらいはいつでもある。
「まったくいっちょ前に。私が教壇に立ってた時は、鼻たらした小僧だったくせに……。……いや、そういえばあんたは昔から無駄にでかくて無駄に仏頂面してたね。まったく、生意気さは変わらんさね」
「……スワム殿。私ももう八十を超えた。あなたにとってどう見えているかわからないが、いい加減今の私たちを見るべきではないだろうか」
尤もな忠告を受けたスワムは少し顔を赤くしてから、口をへの字に曲げると、フンと鼻息を荒くしていつも通りに言葉を吐き出す。
「さっさと休んで、明日は朝からちゃっちゃか帰るよ!」





