こちらの事情
ハルカたちが〈忘れ人の墓場〉に暮らすようになってから変わったことの一つとして、〈黄昏の森〉に一本、街まで直通する道のようなものができたことがあげられる。
元々浅い部分には木こりたちが利用するための道があったのだが、そこに接続するように〈忘れ人の墓場〉から道が延びてきている。
これはハルカが以前草刈りをしていた部分にあたるのだが、元々はナギがユーリを背中に乗せて、ウロウロと歩いて移動したからである。
最近は空ばかり飛んでいるようだけれど、ナギはのんびりと散歩することも嫌いでない。のんびりと森の中を歩いていると、ハルカたちの後ろをついてのそのそと歩いていた頃を思い出すのだ。
だからナギは、時折ユーリと他の仲間たちにお願いして、森の中をうろつくことがある。
そんな理由でできた道を、スワムたちは街へ戻るためにたどっていた。
先ほどまではそんな気配がなかったのに、ハルカの怒りに呼応するかのように(実際にそうなのだが)突然黒雲が雨を降らせたせいで、視界はあまりよろしくない。
それでもナギの体重で踏み固められた足元はしっかりとしていて、ぬかるむ様子がないのが救いであった。
間も無く夜が訪れるというのに、先ほどのわだかまりのせいで、誰一人として声を発しない。
「はぁ……。あんたらとじゃ気が進まないが、雨足が強くなる前に休む場所を決めるとするさね」
スワムの挑発するような物言いに、護衛の騎士たちはオロオロしたが、テロドスも、ラクトも、デクトですら反応をしない。
ただ、周囲を見まわしてそれらしい場所を探して木に麻紐を通していく。マントをここにくくりつけて屋根を作るのだ。
まだ比較的乾いていそうな枝を適当に集めて、スワムが魔法で火をつけた頃には、一行はすっかり濡れ鼠になっていた。
その上少しずつ雨足が弱まり、間も無く雨が止みそうだ。
「こんなことなら夜通し歩いて街へ帰ったほうがよかったかね」
スワムの言葉にはやはり誰も答えない。
ラクトは元々喋る方ではないからともかくとして、比較的穏当な対応をする二人が黙っているのは、明らかにスワムに対して不満があるからであった。
二人とも、ウヤムヤのうちにいつも通りの関係になることを許すつもりはない。
「……黙り込んでないで、文句があるなら言ったらどうさね」
「では、言わせていただきます。私はあなたが攻撃を仕掛けないと約束したからこそ、ハルカさんがこれまでやってきた実績を、真偽が定かでないものも含めてお伝えしました。それがなぜあんなことになったのでしょうか?」
争うためではなく、平和的な交渉のために。
そう言われて、デクトはハルカに関して知っている情報をいくつか伝えた。
魔法が使えることや、体が丈夫であること。
空を飛び、大型飛竜とともに暮らしていること。
王国女王や、特に手を出してはならないと言われている特級冒険者たちとの親交があることなど、だ。
「……今のこの時期に東の空から帰ってきたんだよ? その上私たちに〈混沌領〉へ入るなときた。必ず何か隠してるさね。想像してみるといい。〈混沌領〉に隠しているとしたらなんだ? 私には想像もつかないけれど、碌でもないことに違いないさね」
「……〈暗闇の森〉の調査をしていたのかもしれません」
苦しい説明だった。
デクトはハルカが破壊者のことを悪しく思っていないことを、コーディから聞いてしまっている。
「はっ! 拠点にして随分経つのに今更〈暗闇の森〉の調査!? 竜を八頭も連れてかい!? 馬鹿言っちゃいけないよ、あんた特級冒険者を舐めてるんじゃないかい?」
「……舐めているのはスワム殿、あなたではないか? なぜこの狂犬のような愚か者を連れていったのだ」
腕を組んだテロドスは、ジロリとラクトを睨む。
ラクトは戦いに強く結果も残してきたが、あちらこちらで余計な問題を起こすことでも有名だ。
「だからこいつは勝手についてきたんだって言ったろう!」
「私が合流した時にはすでに一緒にいましたが」
「そんなことまで責められる謂れはないさね。私だって交渉を邪魔されてはらわたが煮えくり返ってるんだ。あんた、ありゃあどういうつもりさね!」
年寄り二人に睨みつけられたラクトは、素知らぬ顔で東の空を仰ぎながら呟く。
「隠し事をしていた。悪いやつかと聞いたら動揺した。ああいう時はほとんど悪いやつで、倒せば証拠が見つかる」
「あんたそう言って随分冤罪で人を斬っているって聞いたさね。二度と私の交渉には同席させないからそのつもりでいな!」
ラクトは怒るスワムをちらりと見て、また雲の観察に戻ってしまった。
「まったくどいつもこいつも! 師匠の顔が見てみたいね!」
「……何?」
「何さ、やるさね?」
師匠と言った途端ラクトの表情が曇り、視線が地上に戻ってくる。しかしスワムも負けてはいなかった。杖を手に持ってラクトを睨み返す。
「思えばあいつらには煮湯を飲まされっぱなしさね。【独立商業都市国家プレイヌ】ができたときだって、あちこちで無茶苦茶をして……。ああ、思い出しても腹が立つ!」
じりじりと互いの隙を窺う二人に対して、テロドスは静かなよく通る声で制止をかけた。
「くだらない争いはやめるといい。……気を鎮めてまともに話す気がないのなら、双方もう黙るのだ。私は平和の維持のためにここへやってきた。新たな戦争の火種を作るものは、全員本国へ戻っていただく」
「そうさね、ラクトは戻したほうがいい」
「いいやスワム殿、あなたもだ」
「なんだって!?」
火で炙られて水分が飛んだ枝がパチンとはぜた。
どうやら湿った森の中での言い争いは、まだ続くようである。





