ごごごご
「それは、なんだい。いざとなれば私たちを、【神聖国レジオン】を敵に回すこともいとわないって宣言に聞こえるさね」
「私たちから仕掛けたような物言いはやめてください。そちらが先に仕掛けてきたことでしょう」
「まさか。それだったらさっさと〈混沌領〉へ入ってるさね」
「では、どこまで許されるかの瀬戸際を探っているのですか?」
「そんなつもりはないさね。私だってラクトのことは止めるつもりだった。見てれば分かったろうに」
結果としては止められていないし、あのタイミングでテロドスが飛び出してきていなければ戦闘は免れなかった。詭弁を弄するスワムに、ハルカの視線がさらに厳しくなる。
「では、ラクトさんは独断で私たちに攻撃を仕掛けたとしましょう。しかし、連れてきたら衝突が起こると想像できませんでしたか? 心配してついてきてくださったデクトさんや、追いかけてきてくれたテロドスさんを責めるようなことは言いたくありませんが、あなた方は同じ組織の人なのでしょう? そして席次はあなたの方が上と聞いています。責任があるとするのならば……」
言葉がつづられるうちに、少しずつハルカの周囲に漂う魔素の奔流が空へ立ち上っていく。モンタナとレジーナがその先を見上げると、雲がゆっくりとその場で渦を巻き始めていた。
「私にある。申し訳ない。私の席次が最も高いのだから、責任は私だ!」
「いえ! わかっていながら止めることができなかった力不足の私にあります。ハルカさん、久々の再会がこんな形になってしまいすみません」
異様な気配を察したテロドスは、引っ込んでろと言われたにもかかわらず前へ飛び出し、それに続くように固まっていたデクトも頭を下げる。
「あんたら、そんなこと言ったらねぇ」
神殿騎士全体が【竜の庭】の圧力に屈したと思われかねない発言は、後々問題になりかねない。スワムだって今の状況をわかっていないわけではない。しかし元々のハルカの人柄を知らないものだから、現状がどれだけ切羽詰まっているか、二人ほどに理解できていないのだ。
言葉の通り、もはや交渉の余地はないと伝えようとしているハルカを前に、いまだ落としどころを探ろうとしている。
「スワム殿、お言葉ですが、暫し口を閉ざしていただきたい」
「な、なんだって!? いまなんて言ったさね、デクト!?」
声を張ったスワムに対して、デクトは丁寧な物腰のまま一歩も引かなかった。
「あなたが杖の一振りで容易に私を燃えがらにできることは知っています。大先輩であることもよくよく理解しておりますし、それゆえにお願いをしながらもここまでお付き合いいたしました。しかし状況を理解できていないようですので、僭越ながら、交渉の席から外れることを進言いたしております」
「けつの青い頃から知っている私に向かって……」
かっとなりやすいたちなのか、いつもの通り吼えかかろうとしたスワムに怒声が浴びせられた。
「黙っていろと言っているんです! 私は神殿騎士の序列ではあなたより遥か下でありますが、巡礼騎士団長でもあります。は、発言権はあなたと変わりない! ここまで私のお願いをいくつ無視してきましたか!? わ、私はハルカさんたちが駆け出しの冒険者だったころを知っています。竜に目を輝かせ、生意気な子供のために体を投げ出し、知らぬ人の死を悲しみ、美しい風景に心揺らす人だと知っています。私の持っている彼女に対する情報をある程度あなたに開示したのは、それを、ただそれを理解していただきたいがためでした。こんな無茶苦茶な交渉をするためではありません!」
デクトは穏やかな人だ。
人を守るために騎士となり、世界を巡るうちにその美しさと厳しさを知った。
コーディと旅をして、真剣に争いがなくなる日々を夢想し、そのために堅実に努力を積み上げてきた。
こんなところで、僅かばかりにいる天才たちの暴走でそのすべてを台無しにされることがどうしても許せない。時折言葉を詰まらせながらの言葉は、デクトが怒り慣れていないことの証明でもあった。
気持ちが伝わったのか、スワムは目を見開いた後、眉間にしわを寄せて、杖で地面をコンと叩いた。
「……今日のところは帰るさね」
事が収まりかけたところでほっとしたデクトの背中に、続けて声が投げかけられる。
「お話は、まだ終わっていませんが」
振り返るとそこには、硬い表情のまま目を細めたハルカが立っていた。
仲間たちからすればちょっとほだされているなと分かるのだけれど、まだ付き合いの浅い〈オラクル教〉の面々にはそこまでは理解できない。
「なんだい。もう帰るって言ってるさね」
「では、攻撃を仕掛けてきたこの人は置いていくんですね」
「……放してやってもらえないかね?」
この人、ことラクトは相変わらず障壁の中で暴れている。
ハルカはちらりとそれを見てから、障壁の中を水で満たした。
「なにをしてるさね!」
「反省の色がないようなので。迷惑をかけて、そちら側が納得したから帰るというのはあまりに身勝手ではありませんか?」
「水を引いてラクトを放すさね」
事前にハルカが水を使うことは知っていたのだろう。息を止めているらしいラクトを見て、ハルカは障壁の中にある水を凍りつかせた。
「やめろ!」
「また仕掛けてくるかもしれませんよ? そうならないためにどう対応していただけるのですか? こんなことも、意味のない問答もしたくありません」
「ラクトをこの任務から外して本国へ戻す! これでいいさね!?」
「それだけですか?」
「二度とここに顔を出さないように私が送っていくさね!」
「私は、冒険者は舐められてはいけないと、諸先輩方から教わってきました。次はありませんが、構いませんね?」
氷漬けで動かなくなったラクトを横目で見てから、スワムはダンと地面を踏みつけてから声を張った。
「それでいいさね!」
1111話目です!
ぞろ目ぞろ目!
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