加齢と適応力
各地でちょっとずつ改良した炎の球を爆発させながら、ハルカは北へ北へと進んでいく。最初はともかく、慣れてくるうちに爆発は音ばかりの恐ろしいものではなく、色とりどりの花火のようになってきた。
山から歓声が上がるようになってきてからは、練習してから来ればよかったなと思ったハルカである。
サービス精神でしょっちゅう立ち止まっていたせいで、儀式場にたどり着いたのはすっかり夜になっていた。
そこでは結構な数のガルーダが集まっており、ハルカたちを出迎える。竜の登場にざわめきながらも遠巻きにしていたガルーダたちだが、ついてきたルチェットたちの声掛けにより列を作ってハルカの前に並び始めた。
誰もがどこかしらに体の不調を抱えているようで、不安で自信なさげな表情をしている。
はじめは老人から。
彼らが元気になったのを確認してからは、子供たちとコボルトが優先的に前へ出されているのを確認して、ハルカは穏やかな気持ちになった。ガルーダたちは住む山によっては仲が悪かったり、いがみ合ったりしているらしいのだが、守るべきものを守ろうという意識があることがわかってのことだ。
こうした倫理観を持っているのなら、きっと仲良くできることだろう。
やってきたコボルトも、手足を怪我したり、体調が悪そうなものはいるのだが、誰もやせ細ったり酷く傷ついたりはしていない。治癒魔法を受けた子供たちと楽しそうにおしゃべりをしていて、ガルーダの大人はそれを笑って見守っている。
ルチェットの家族みたいなものという言葉が本当なのだと確認できた。
とはいえ、どこかでさらってきたのは事実なのだろうけれど。
並んでいた時は辛そうにしていたガルーダたちが、元気に手足を動かしたり、はしゃぎまわったりしているのは、見ていて気持ちが良かった。
最後の一人まで治癒魔法をかけ終えた時には、すっかり真夜中になっていたけれど、ガルーダたちは火を囲んで楽しそうに騒いでいる。
笑い声と、時折言い争う声。
元気だからこその喧騒。
彼らの営みはそう人と変わらない。
ハルカの周りには丸っこいコボルトと、ガルーダの子供が騒ぎ疲れて眠っている。
「陛下」
静かにやってきて、静かなしゃがれ声でハルカを呼んだのはティニアだった。
胡坐をかいているハルカの前に「どっこいしょ」と言いながら腰を下ろし、少しばかり身を乗り出す。
先ほどまではヘロヘロだったはずなのだが、今ははつらつとしている。
治癒魔法を受ける列にちゃっかり混ざっていたおかげだろう。
「まずは、この冬命を落とすかもしれなかった数百人の命を救って下さったことに感謝を」
「いえ、皆さんが元気になって良かったです」
「……そこで一つ更に図々しくお願いが」
「なんでしょう?」
「……今朝話してくださったお話にありました、食料の供給を。何、山ほど寄こせという話ではないんじゃ。救っていただいた分の食い扶持が増えましたので。わしらもできる限り準備しますが、足りぬ可能性がありますじゃ」
深刻な相談であった。
あほな言動ばかり繰り返していたティニアだが、ガルーダ全体の状況が見えていないわけではない。だてに長く代表を務めてきていないのだ。毎年毎年、体が弱ったものが春になる前に命を落とすのを、忸怩たる思いで見送ってきている。
そろそろ自分の番かと思いながらも、毎年生きながらえてきた十数年だった。
「冬までに必ず」
「ありがたい。……こうして食い扶持が増えていけば、来年からも食料の確保には苦労することになるでしょうなぁ。かといって、身内を見捨てることも難しい」
ティニアはくっくと肩を揺らして悪そうに笑った。
「これからは、わしらも陛下に協力せねば中々立ちいかなくなるじゃろうて。くれぐれも見捨てることのなきようお願いしますじゃ」
そういえば治癒魔法の話を積極的に進めていたのはティニアだった。
「わしのような老人には! あと弱った子供には必要なんじゃ!」とふざけた主張をして、ルチェットに「殺しても死ななそうなくせに」と毒づかれていたが、ただ茶番でやっていたわけではなかったようだ。
「……東の砂漠を越えた場所には広い平原があります。コボルトたちが毎日働いて作物を育てていますし、食糧庫には十分なたくわえがありました。ガルーダからも〈ノーマーシー〉の農業への協力派遣を検討してみてください。空を飛べるものがいれば、生育状況の確認や種まきなどで重宝されると思います」
「希望者を募ろう。しかし、なんじゃろうなぁ」
ティニアが首を振り、ため息を吐く。
それからハルカの顔を見て変な顔をしてみせた。
「五十年前、いや、せめて三十年前に来てくだされば、わしももうちょっと頭が柔らかかったんじゃが。ルチェットにばかりいいとこをとられて、わしゃ悔しい」
冗談交じりの言葉に、ハルカはふっと笑った。
適応するまで少しばかり時間がかかってしまったが、一度味方に付いてしまえば頑固なくらいな方が頼りがいもある。
「何かあったら頼りにします。ティニアさんもそうしてくだされば嬉しいです」
「それじゃあわしは、次にいらっしゃるまでに、陛下は頑迷な爺にも優しいとでもいいふらしておこうかの」
二人は顔を見合わせると、ややあってから声を殺して笑った。





