そう決めていた
竜たちの中継地点にすることによる情報交換と、次以降に〈ノーマーシー〉へ行くときに交流する人員を派遣すること。冬場のための食料の調整。いざ何か問題が起きた場合の協力関係など、基本的にガルーダ側に損があるような提案はしていない。
ガルーダたちにしてみれば、戦力を引き連れてやってきたハルカが耳に聞こえのいいことばかりを言うので、ほっとする反面よくわからなくなってくる。
何か企んでいるのではないか。
何か見落としがあるのではないか。
話をすればするほど疑念が深まってしまう。
ガルーダは〈混沌領〉に住む他の種族よりも情報量が多く、寿命も人と変わらないため、肌感覚がかなり近い。
空を飛び、険しい山に暮らすことができるのがガルーダたちにとっての強みだ。
それを無視して一方的に力で言うことを聞かせられるハルカが、こうまでして自分たちに気を使う理由が理解できなかった。
ルチェットは個人として話した経験と直感から、ハルカがただのお人好しなんじゃないかと考えているが、それを他者へ理解させることは難しい。
嫌な雰囲気だなと思いながらも、どう対処したらいいものかと手をこまねいた。
すでに手のひらを返したティニア老は、ハルカから出てくる都合の良い条件にご満悦で役に立ちそうな気配はない。
そうしているうちに話がほとんど終わり、その締めくくりの言葉としてハルカがガルーダの代表たちに向けて問いかける。
「何か疑問に思うところや、気になることはありますか?」
とはいえ大型飛竜を連れており、種族一の戦士ホーギスが強者であると認める相手だ。ルチェットの話が噓でないなら、とてもかなうような相手ではないことは皆がわかっている。
もしかすると機嫌を損ねるかもしれない質問を誰がするのか。
代表たちは視線だけで貧乏くじを身内で押し付け合った。
妙な雰囲気にしばらく黙って様子を見ていたハルカに対して、やがて嘴を開いたのは結局ルチェットだった。全員からの、お前なら今更だろうという視線に負けてのことである。
ティニア老は気づいていながら知らん顔だ。どこまでも面の皮が厚い。
実は他所の山の同族なんて、たまに小競り合いをするくらい特別仲良くない。同じ巡回隊の一員や、身内のためならばともかく、普段は彼らのために何かしてやろう、なんて気持ちはあまりない。
ただ、こうして他の種族と交流するようになってはそんなことも言ってられない。
ここで率先してハルカとの交渉をすることは、そんな他所の山の同族に対するイニシアティブをとるためには悪くない役割だ。そんな風に面倒だと思う自分の気持ちをなだめながらの質問だった。
「条件の話ではなく、もう少しそちらの事情について聞きたい。俺の口から言ったところで、こいつらは納得しないからな」
「こちらの事情、ですか……」
何をどう説明するやらと、と少しの間考えてから、ハルカはゆっくりと語り始める。
「人族はこの半島……、ここから西にある山脈以東の半島を〈混沌領〉と呼んでいます。皆さんが歴史をどう把握されているかわかりませんが、かつて人族は大陸の西端まで生存圏を狭めた時期がありました。ここからは想像でしかありませんが、そこから種族として勢力を盛り返すため、人族は共通の敵を定め、それらの種族を破壊者と呼びました。ご不快でしょうけれども、この考え方は人族の間に広く浸透しています」
ならばなおさらよくわからない話だが、ガルーダたちにはとにかく最後まで聞こうという姿勢だけはあった。
それはルチェットの必死な説明があったからかもしれないし、ホーギスが口を挟まずにすべてを肯定しているおかげかもしれない。あるいは、ティニアの強硬な姿勢からの変わり身を恥ずかしいと思ったからという可能性もあった。
とにかく、ハルカは話を続ける。
「私は縁があって、仲良くできる破壊者の方がいることも知っていました。その中には大事な友人もいます。もともとこの〈混沌領〉に来たのは、人族に害をなした吸血鬼と戦うためでした。しかしその過程で、多くの種族と出会い、手を取り合うことができました。その関係で、かなり多くの種族の方々の生活を考えるべき立場にもなりました」
巨人たちは好きなように生きていけるかもしれないけれど、少なくとも〈ノーマーシー〉に住むものの多くは庇護が必要である。ハルカには、あれだけたくさんの命を知らないふりして放置することはできない。
「こうして集団として秩序を持って暮らしているガルーダの方々なら、手を取り合った方が互いに豊かに暮らしていけると思うのです。それに、それぞれの種族で連携がとれていれば、いざという時に身を守ることもできます。例えば異常に増えることのある小鬼や半魚人。例えば……、こんなことは言いたくないですが、あなた方を一方的な悪者だと断じて攻めてくるかもしれない人族。つい先日の話をするのであれば、強い侵略の意図を持ってやってきた吸血鬼なんかもそれにあたるでしょう。事実人魚たちは住処を追われ、コボルトたちは支配され、ケンタウロスとリザードマンはいらぬ戦をさせられるところでした」
ここまででハルカの言いたいことはわかった。
しかし結局のところ肝心なハルカの根っこの部分が変わらず曖昧だ。
「俺は、っつーか、こいつら、なんで俺たちにこんなに良くしてくれようと思ったのか。他の種族を助けようって思ったかを知りたいらしいぜ」
「…………あまりがっかりしないでほしいんですが」
割と長く黙ってから、ハルカは耳に着けたカフスを指先でいじりながら言う。
「成り行きなんだと思います。私は、言葉を交わして争わなくていいのならば、それに越したことはないと思っています。相互理解のないままに殺し合い、人でも、破壊者でも、必要なく死ぬことがいいことだとは思いません。ましてそれが私の知っている者同士の間で行われるのだとすれば、なんとかして阻止したいと考えてしまいます。私のやっていることが役に立つかどうかわかりませんが、そうであったらいいと願っています。そうなるべく努力をしようとしています」
「……一つ聞きたいんじゃが」
「なんでしょうか」
ついに最後まで何も言わないんじゃないかと思われていたティニアが控えめに声を上げた。
「例えば、ハルカ様と同じ人族が、わしらのことを攻めてきたらどうするんじゃろうか?」
「まずはあなた方が危険な種族でないと言葉を尽くします」
「それから?」
逃がさぬようその先を促したのはこれまた黙り込んでいたホーギスだった。
ハルカは困ったような表情で仲間たちを見て、誰も止める様子がないことを確認して「勝手なことを言ってすみません」と前置きして胸を張る。
一度つばを飲み込んでから、胸の内を、本当は自分自身目を背けておきたかった決意を言葉にする。
「その時は……、あなた方側に立って、一緒に戦うことになるでしょう。ただし、もしこちらの方々が人族の領土へ攻め込むようなことがあれば、その時はやはり同じように対応しますし、場合によってはあなた方と敵対することになるでしょうね」
余計な言葉を付け足したのは、ハルカがガルーダたちをだますつもりはないからだ。どんな時でも味方だと思って頼りにされ、増長されても困ってしまうのだ。
ざわつく代表たちを見守っていると、ハルカの横にはコリンとモンタナが並ぶ。
コリンが背中を軽くたたき、モンタナがハルカを見上げて言う。
「前から話してたことです。ハルカばっかり気にする必要ないです」
場合によっては人族と敵対する。
そんな重要な言葉を吐いたハルカの内心を心配して、早速のフォロー部隊登場に、ハルカはやっぱりカフスをいじりながら「ありがとうございます」と素直に礼を言うのであった。





