ぐだぐだな進行
ティニアの変貌ぶりは、かえってガルーダの代表たちを混乱させた。
出かける前はあれほど強硬に反対していたというのに、戻ってみれば手のひらをくるりと反して、相手を大王様呼ばわりだ。
正気を疑われても仕方がない。
「ルチェット、本当に何もなかったのか?」
「だから何もなくはねぇって。ただ相手の実力を目の当たりにしただけだ」
「魔法で洗脳されているのではなかろうな?」
「仮にそうだとして、されてねぇってどう証明するんだよ。でも一応言っとくぜ、俺たちは普通に話をして帰ってきた」
「しかしな、ティニアのあの様子は……」
「あの糞爺は元からあんな奴だろ……」
「誰が糞爺じゃ無礼者!」
「てめぇだ、くたばりぞこない!」
ルチェットは話をややこしくしている地獄耳の老人に対して、怒りのままに怒鳴り返す。奴が熱弁すればするほど場がざわつくのだ。もはや口を閉じて呼吸を止めて、そのまま死んでくれねぇかなとすら思っていた。
結局話し合いは紛糾し、朝まで時間を浪費した結果、疲れた顔のガルーダの代表たちがぞろぞろとハルカの下へ向かうことになった。
「さて、ではわしは一休み」と、やり切った顔をして眠ろうとするティニアを、その場にいた全員がにらみつけたのは致し方のないことであろう。逃がすものかと、額に青筋を立てながら連れていく。
こんなことならばこの場はホーギスに任せればよかったと思ったルチェットである。
奇しくも両思いだ。
朝焼けの中、空にぞろぞろと点が現れ、徐々にそれが大きくなってくる。
休んでもいいと言われていたのに、まんじりともせず過ごしていたくそ真面目なホーギスは、これでやっと休むことができると胸をなでおろしていた。
やはり交渉事よりも戦いの方がむいていると自覚した一晩である。
ただ、長らく話をしていたおかげで、ハルカが危険な思想を持つ人物でないということはなんとなく理解ができた。ハルカという人物は大概のことにおいて、よく考えてから言葉を発するのだが、そのためかホーギスに余計な思考の隙を与える。
もしやこんな意味なのではないか、という杞憂である。
しかししばらく話をしていると、どういう意図で話していたのかという答えがポロリと出てきて、ほっと息をつくことになる。
感情が勝手に右往左往させられて、やがて疲れてきてぼんやりと話を聞くようになってようやくホーギスが気づいたことは、もしやこの人物ただのお人好しなのではないかということだった。
そうして、仲間たちの『もー、ハルカはしょうがないなー』みたいなぬるい雰囲気を察したのは、すっかり夜が明ける直前だった。
眠ってくれたほうが気持ちは楽なのに、いつルチェットが戻ってくるかわからないからと、ハルカは朝まで起きていた。
ナギが目を覚まし、寝ぼけてきょろきょろとしているのをハルカが見に行った隙に、ホーギスはこっそりとコリンへ尋ねる。
「すまん。もしやハルカ殿は、かなりのお人好しか?」
真面目腐った口調で尋ねられたコリンは、ぽかんとした顔をしてからぷっと噴き出して答える。ずっとホーギスが身体を固くしていたわけを理解してのことだった。
「ああ、そーそー。すっごいお人好し。だから騙したりしないでね」
「そうか……。ああ……、ならば早く教えてくれると助かった……」
「ごめんね、私たちは慣れちゃってるからさー」
ハルカを発見してしばらく撫でてもらったナギが、再び顎をドスンと地面に下ろして休む。大きな体だがまだまだ子供っぽいところも多いナギである。かわいらしいなと、しばらく鼻先を撫でてからハルカが戻ると、コリンとホーギスが随分と打ち解けた様子で話をしていた。
ハルカもずっとホーギスが緊張していることにはなんとなく気付いていたから、流石コリンは頼りになるなと感心していた。自分が主な原因であることはあまりよくわかっていなかった。
集団が少し離れた場所におりて、ゆっくりと歩いてやってくる。
竜たちが首を起こし、寝ていた仲間たちも目を覚ましてそれを出迎えた。
先頭を歩いてくるルチェットが手を上げたのに、ハルカも手を上げて応じる。
そのすぐ後ろでは、ティニアがぶつくさと「老人をいたわらんか」などと文句を言っているが、他のガルーダたちは「はいはい」と適当に相槌を打っている。
ルチェットとホーギスは、互いの顔を見て、互いに疲れていることを確認し、妙な連帯感を覚えながら頷き合った。
「おかえりなさい。話はどうなりましたか?」
「どっかの誰かのせいで順調ではなかったが、無事にすんだ。少なくとも飛竜たちが儀式場を使うことには反対しない。そっから先の話は、直接ハルカの話を聞いてからだってよ」
「ハルカ様じゃろうが!」
「爺は引っ込んでろ!」
「ははは……」
ハルカとしても手のひら返しの老人の言葉は、どこかむず痒いばかりで苦笑するしかない。冒険者の相手をすることが多いハルカは、ルチェットくらい気安い方が肩に力が入らなくてよかった。
「では、少し時間を頂きます。これから手を携えていけるようであれば、建設的な提案もいくつかありますので」
ハルカが穏やかに話し始めると、おやっとした顔でガルーダの代表たちも首をかしげる。ルチェットがそういう人物だと言っても、ティニアが大王、恐ろしく強く速い、と強調するせいで、お歴々のハルカに対する印象は、もっと恐ろしいものになっていたのだ。
むしろ丁寧すぎて、疑心暗鬼を招いている。
ルチェットはもうやけくそでハルカに提案をする。
「なぁ」
「はい、なんでしょう」
「もういっそ、圧力かけて支配してくれた方が、俺としては楽だったぜ?」
「……ええと、どういう意味か分かりかねますが……。私、あまり争いごとは好まないので……」
やっていることを聞けばそうは思えないが、向き合って真面目に話してしまえばそれくらい理解できる。
「まぁ、そうなんだろうな」
ルチェットはため息をついて天を仰いだ。





