思わせぶりな
「ばいばーい。次来る時までにちゃんと印用意しておいてね!」
「はい。スカーフのようなものを用意するつもりですが、できたら一度見せにきますので」
長い時間を生きる種族らしく、のんびりとしたやりとりで比較的あっさりと別れを告げる花人たち。次に来た時には樹人にも会うつもりだが、ひとまず今はガルーダたちの住む山へ向かう。
初めのうちガルーダ三人はナギを先導するように飛んでいたが、小一時間ほどして、急に高度を下げて地面に降り立った。
ホーギスが呼吸を整え、ルチェットが肩で息をし、ティニアに関しては大の字になって息も絶え絶えだ。
ティニアを先頭にどんどん速度を上げていくのに、ナギは普通についていっていたのだが、それが良くなかったらしい。
ガルーダとしてのプライドがティニアに無茶をさせたらしい。
「爺さん、無理しないでナギに乗せてもらえよ」
アルベルトが何の気なしに言うと、ゼーヒューという呼吸をしながらもティニアがじろりと鋭い目を向ける。
「めんどくせぇな」
ぼそりと呟いて歩み寄ったのはレジーナで、しゃがみ込んでその服をむんずと掴むと、そのまま肩に担いでティニアをナギの背に運んでいく。
もはや抵抗する気力すらないのか、グッタリとしているティニアはされるがままだ。
「お前らも乗れ」
有無も言わせぬ命令に、残りの二人も顔を見合わせて後に続いた。どうせ竜に飛ぶ速度で勝てないのは分かりきっているし、彼らはティニアほどに無駄なプライドは持っていなかった。
「うっひょひょ、こりゃあすごい! わしもこれだけ速く飛べたらさぞかし気持ちいいんじゃろうなぁ!」
その一時間後。
残る二人の冷たい視線を浴びていることにも気づかず、最前線で大はしゃぎしているのはティニア老であった。
十分な休息を取り、ハルカに治癒魔法まで施してもらった結果がこれである。
醜態を晒し続けてもはや守るべきものも無くなったのか、景色が後ろへ流れていくのを存分に楽しんでいる。
「わしも竜に生まれたかった! わは、わはは」
「はしゃぎすぎだろ、あの爺。恥ずかしいからやめてくれねぇかなぁ」
ルチェットのぼやきは届かない。
ナギが飛べるようになった時は、アルベルトたちもこぞって背中に乗りたがったものである。
そのおかげか仲間たちは、ティニア老のはしゃぎを割と暖かい目で見守っていた。
ウルセェなぁという顔をしているのはレジーナぐらいである。
日が暮れ始めた頃山脈近くに来たハルカたちは、ルチェットの指示に従って一度麓に降り立った。
すでにいくつかの巡回隊とすれ違っているが、一応山脈へ入る前にルチェットとティニアが仲間たちに知らせてきてくれるそうだ。
念の為ホーギスはハルカたちとこの場に残って、万が一行き違いになったガルーダたちがやってきた場合の対応をする手筈だ。
ハルカたちは慣れた手つきで野営の準備を済ませ、食事の準備を済ませていく。
「食べられないものってあるー?」
「いや、ない」
気にして尋ねたコリンに、ホーギスは首を振って答える。顔こそ鳥のものだが、ガルーダは背中に生えた翼の他に、人と同じように肩から腕が生えている。
腕が羽のようになっているハーピーとは違って、武器を上手く扱えるのはそのためだ。
だからこそおそらくハーピーよりも文化的な生活をしているであろうことは、容易に推測できた。
「ガルーダの人たちって普段どんなもの食べるの?」
「ふむ……。動物や木の実を食べる。海に魚をとりにいくものもいるな」
「穀物育てたりは?」
「あまりしない。実のなる木や、甘い樹液の出る木を植えることくらいはあるが」
かなり食事を狩猟に頼った種族である。
今はこれから秋になろうかという時期で、食料が特別豊富な時期だろう。
「それだとこれからの時期困らない?」
「そうだな。冬は十分な食事の確保が難しくなるから、それまでに食料を保存しておく必要がある」
「ふーん、大変そう」
「そうでもない。時折飢えて死ぬ者もいるが、ずっとそうして暮らしてきたからな」
山脈は南北に長く横たわっている。ティニアのような年寄りもちゃんと生きており発言権があるあたり、確かに食料資源は豊富なのだろう。
「……もしかしてガルーダはそれほど数が多くないですか?」
ハルカの質問に、ホーギスは人にはわからない程度に顔をこわばらせる。ガルーダ全体の戦力を探られているようにも取れる質問だったからだ。
実際には狩猟から農耕へと推移していった人類の進化の過程を思い出して何気なく尋ねてみただけなのだが。
「……各山を縄張りとしている一族がいて、それぞれ五十から百程度。そのうち偵察や戦いに出られるものは半分ほどだ」
人口のうち半分が戦いに出られるというのは、ホーギスによる嘘である。モンタナはそれを見破ったが、ちらりとみただけで沈黙した。少しでも戦力を大きく見せようというその努力の邪魔をするつもりはなかった。ハルカの質問に戦力を探るような意図がないこともわかっていたから、なんとしてでも知らせる理由もない。
「山もたくさんありますからね。総数だと数千人はいるんでしょうか?」
「まあ、それくらいだ」
「別に農業をしたくないわけではないんですよね?」
「そうだな。コボルトたちが細々と畑を作っているのを手伝うこともある」
「山に住むことにこだわりなどは?」
「……他種族からの侵略を退けるために住んでいる。尤も、ハルカ殿や竜たちには関係のない話だが」
ホーギスの耳にどうしたってハルカの発言が際どく聞こえてしまうのは、現状立場が微妙であるから仕方のないことだ。
慎重に、当たり障りのない回答を続ける。
ホーギスが、こんなことならばルチェットをここに残すべきだったと考えるのも仕方のないことだろう。
「なるほど……。食料ですか……」
ただハルカは、ノーマーシーの食糧庫のことを考えて、支援できるかもしれないなぁと考えていただけだが、ホーギスは勝手に色々と考えを巡らせて心を摩耗させていくのであった。





