変わり身
「では、その……。そちらで儀式場と呼ばれている場所を使わせていただいても……?」
「いや、待て。確認したいことがある」
ここにいたっていまだに勿体つけるティニアを、いい加減にしろよとルチェットがにらみつける。
「あ、はい、大丈夫ですからね。なんでしょう」
そうしてなぜか、それをなだめるハルカと、得意げにむかつく顔をするティニア。
中々に素晴らしい性格をした老人である。
「お主らについて教えてくれ。巨人と戦っただとか、様々な種族の王だとか聞いたが、流石にあれは誇張じゃろ? 巨人を傘下にするとなると、あの野蛮な首長どもと殴り合って勝利するくらいしかあるまいに」
「いえ、その、一応手合わせはしまして……」
しかしこの流れだと信じてもらえないかもしれないと思ったハルカは、少し考えてから手を打った。
「わかりました。では一緒に巨人たちのところへ行きましょう。そうすれば、今後争わなくていい相手として紹介もできます」
これはいい考えだとご機嫌に提案したハルカに対して、ティニアは一瞬にしてしくじったことを悟った。先ほどの非常識な魔法を見た上で、流石に殴り合いまではしていないだろうと思っての発言だが、予想を超える非常識だった。
そして、当然ながら野蛮な巨人なんかに会いに行って、万が一にも焼き鳥になんかされたくない。
ましてハルカの背後で手合わせをしている二人が、先ほどからかなり本気で殺し合いぎりぎりの戦いをしているのを見て、なんとなくその実力も分かってきてしまった。
どう断ろうか考えているうちに、二人による猛烈な攻防が始まる。
アルベルトの大剣をレジーナが金棒で受け止めること数度。
火花を散らしながら金棒を刃の上で滑らせて、レジーナが距離を詰めた。
アルベルトは剣を持つ後ろの手をぐっとかちあげて、レジーナの顎を狙う。しかしそれは勢いよく頭を前に振ったレジーナの額に迎撃され、アルベルトの手の方がしびれるほどの反撃を食らうことになった。
レジーナは続けて、踏み込んだ勢いでアルベルトの足の甲を踏み砕こうとしたが、察したアルベルトが慌ててその位置をずらす。
アルベルトの上半身が少し浮いたその瞬間、レジーナは踏み込みによって体重の乗った右フックを、右頬に向けて振り抜いた。
アルベルトは慌てて肩を上げて防御したが、だからといってその勢いを殺すことはできず、体はゴロンゴロンと地面を転がる。
大剣を右手から手放さず、転がった拍子に自分を傷つけることもなかったのは大したものだ。
それでも有効打を貰ってしまった時点で手合わせは終わりである。
すでに内出血では済まない怪我をいくつも負っている。
「あ、すみません、ちょっと怪我を治してきます」
「もちろん、そうするべきじゃな」
そう言って立ち上がったハルカを快く見送ったティニアは、どうしたものかと頭を抱えた。
あまりに過酷な手合わせである。
これなら多少の言い訳をしたところで、平気で巨人の前に連れていかれてもおかしくない。なんならそこで食われそうになったところで、実力で何とかしろとか言いだす可能性すら出てきた。
ティニアにとって、知らん他種族や若造の言うことに従うのは気に食わないことである。しかしそれと同時にティニアにとって大事なことは、平和に天寿を全うすることであった。
「頼むぜ爺さん。巨人と友好関係を築いてきてくれよ」
「誰が行くものか」
ルチェットもその答えが来ることはもうわかっていたから、それ以上は突っかからずに、かつんと嘴を鳴らしただけだった。
治療を終えて戻ってきたハルカを迎えたのは、立ち上がって待っていたティニアだった。
「さて、ではそろそろ我らの山へ案内しましょうぞ」
「え? あの、先に巨人の皆さんの方に……」
急にころりと手のひらを返し頭を下げていたティニアは、ハルカの申し出に少しばかり空に浮き上がり背中を向けて山脈を指さす。ハルカとは一切目を合わせない。
「さぁ! 急ごうではないか! これだけの大物じゃ。仲間たちもみな喜び歓迎するとも。話によれば長年放置してきたあの儀式場を解放してくれたんじゃろう? わしらが同盟者、いや、わしらが大王には礼の一つでもせねばならんな!」
「おい、こら待て、それじゃあまるで俺たちがハルカの傘下に加わるみたいな……」
「わしは決めたぞ! わしらガルーダも大王の麾下に加わろうではないか! わしはそのための労力を惜しまんぞ」
あまりの変わりようにぽかんとしているハルカだが、黙って聞いていたイーストンとコリンは顔を見合わせて苦笑した。
コリンなんかは途中まではじれったく、ティニアを睨んでいたくらいなのに、あまりの変わり身の早さに文句を言う気も失せてしまった。
「……よく言うぜ。……まあ、これでうるさい爺は反対しなくなった。俺はもとよりあんたらを迎えることには賛成だ。ホーギスはどうなんだ?」
ルチェットが呆れながらも話を進める。
ホーギスは「くっそぉ」と言いながら戻ってきたアルベルトと、少し顎を上げて得意げにしているレジーナを見ながら、ぎゅっと自分の槍を握り直して答えた。
「異論ない。もとより俺は外の種族の強者とも手合わせしてみたかった。それがかなうのならなお嬉しい」
「だそうだ。どうだい、ハルカさん。とりあえず、一緒に山に来てくれるか?」
「ええと……、そちらが良いのならば是非に」
「そうと決まればさっさと出発だ。準備ができたら声をかけてくれ」
ハルカが頷いたところで、ティニアがルチェットの足を槍の石突でつつく。
「こらルチェット! わしらが大王に向かってなんて口の利き方を……」
「うるせぇ爺、いい加減にしないとほんとぶん殴るぞ」
「お、やるか? わしはこう見えてもなぁ……」
「あ、じゃあ準備をしてきますね」
この二人はこれが普通なのだろうと判断したハルカは、ナギや花人たちに出発を知らせるため、そそくさとその場を離れるのだった。





