姑息な老人
むすっとしている老人が場にいると会話をし辛いものだ。
もう一人の大柄なガルーダ、ホーギスは顎を上げてガンを飛ばしているレジーナのことを怖い顔をして警戒し続けているので、これもまたお話にならない。
ハルカは時折チラリチラリと二人の顔色をうかがいながら、ルチェットと話を進めることにした。鳥のような頭をしているので、顔色を窺うと言っても羽毛に覆われていてよく見えないのだけれど。
「予定通り一緒に山まで来てもらえるか? この爺さんが文句を言わなけりゃ、もうちょっとすんなり話が進みそうだったんだがな」
「余計なこと言うでない!」
「事実だろうが。俺が嘘をついていないかわざわざ一緒に来て確認してくださってやがるんだよ。それで、どうなんだよ? 納得したのか?」
ティニアはじろりじろりとハルカと仲間たちを見てから、背後で様子を窺っている竜たちにも目を向ける。竜だけでも圧倒的な戦力だというのに、ティニアはやや声を震わしながらも胸を張って言った。
「どうだかな! わしはまだこやつがわしらより速く飛ぶところを見ていないぞ。大岩も見てなければ、その強さも知らん」
もう黙って帰ってもいいくらいなのに、こうして文句を言ってみせたのはティニアなりに自分の責務を果たそうとしたからだ。ハルカの纏う雰囲気から大概のことは許されそうだし、事実確認をした結果自分が殺されたとしても、ルチェットとの話は続けそうだと判断したのだ。
偉そうな態度は、本人の性格のせいである。
「岩というのは、巨人たちと対面した時のものですね。ええと、これくらいの大きさだったかと」
唐突に空に大岩が三つ浮かびぐるんぐるんと回りだす。
ティニアが「ひぇ」と声を上げ、ホーギスが全身を緊張させ、ルチェットは表情をひきつらせた。のんびりと過ごしていた花人たちまでもが警戒を露わに地面から次々と蔓を飛び出させたのに気づき、ハルカはすぐに大岩を消した。
見せろと言われたから見せただけで、戦うつもりは一切ない。
「こんな感じで……。あの、他のことも試しますか? それでお話を聞いていただけるのであればお付き合いします」
「み、見せてもらおうじゃないか!」
後に引けないティニアの言葉を受けて、なぜかホーギスと空で競争をして程々に勝利。鷹のような顔をしたガルーダであるホーギスは、本当に空を飛ぶ速度で負けたことにかなり衝撃を受けていた。
弱みを見せてはならぬと堂々としていたが、気持ちはかなりへこんでいる。
「こ、今度は手合わせだ……! ホーギスの本領はその強さにある!」
ティニアが当然のようにホーギスを矢面に立たそうとしたが、そこでついに待ったがかかった。
「……ティニアよ。強さならお前自身で体感した方が納得いくのではないか?」
「な、なんじゃと?」
ホーギスの心が折れかけていることを悟ったルチェットは、ここぞとばかりに追撃をする。
「そうだ、爺さん! 人任せにばっかりしないで実感するのが一番だ」
「なんだ? 手合わせするのか?」
やいのやいのと盛り上がったところで、つまらなそうにしていたアルベルトが急に耳に入ってきた言葉にウキウキしながら首を突っ込んできた。
「はい。実力が見たいそうで」
「俺やる、俺」
「あたしがやる」
「は? 俺が先に言ったんだけど」
「あたしの方が強い」
「……よし、じゃあ勝負に勝った方な。こっちこいよ」
アルベルトとレジーナが勝手に言い争いをはじめ、勝手に立ち上がって広い場所へと移動していく。
「すみません、いい子たちなんですけど血の気が多くて……。あ、大けがしないようにしてくださいね!」
「わかってる!」
「モンタナ、すみませんが程々に止めてください」
「そですね」
ぽかんとするガルーダたちに謝罪をしてから、ハルカは二人に声をかける。
返事をしたのはアルベルトだけだったが、言葉はレジーナの耳にも届いているはずだ。
ちょっとだけ心配なのでモンタナを向かわせておく。
「それで、ええと。私がお相手したらいいのですよね?」
ハルカが確認をしたところで、背後で二人の手合わせが始まった。
どちらもが攻撃型であるため、示し合わせたように同時に前へ飛び出していく。
ホーギスはすっかりその技の応酬に目を奪われていたが、ティニアはそれどころではない。
槍を握りしめながら、先ほど一瞬にして魔法で大岩が生み出されたことを思い出していた。実力なんてその時点で分かり切っている。ここまで話を伸ばしたのは、自分はちゃんと仕事をしたという意地みたいなもので、言葉を選ばずに言ってしまえば、引き際を見失っただけである。
しばし考えた末、ぶつかり合った金属音にピンときたティニアは、おっほんと咳ばらいをして凛々しい顔で言い放った。
「いや、その必要はない」
「いいんですか?」
「うむ、必要ないのだ。彼らの戦いぶりを見ればわかる。わしもかつては戦士だったからな」
「……うさんくせぇ」
「黙れ」
なるほどと思ったハルカだったが、ルチェットは横目でティニアを睨んでぼそりと呟く。しかし敏感に反応したティニアが、言葉をかぶせるようにぴしゃりとそれを遮った。





