ルチェットの頑張りとチルタイム
「馬鹿げたことを言う。あれだけの事態が全て一人によって引き起こされたと?」
集められたガルーダの代表たちのうち一人が、しわがれた声で言い放った。
一人立ったまま事情を説明していた巡回隊長ルチェットは、心の中で舌打ちをした。
比較的若い世代は頷いていたのに、長老格の発言のせいで多くのものがルチェットから目を逸らす。もっとも頑固なあの老人がこんな反応をすることは想定していたけれど、できれば外れてほしい想定でもあった。
「儀式場で、銀髪の女性と大型飛竜を見たと聞いている。巨人に大岩を投げつける魔法使いも、コボルトが空を集団で移動しているのだって見た奴がいるはずだ。俺が馬鹿なこと言ってるってんなら、あんたは、それらをどう説明するんだ」
「変革期が訪れているのだろう。一人のものが引き起こしたと考えるには、あまりに事が大きい」
「……落ち着いて考えてみろよ。一人のとんでもない奴がいるからこそ、次々わけのわからないことが起こっている。この方が説得力あるだろ?」
「わしはそんな奴がお前なんぞとまともに会話して交渉している意味が分からん」
そう言われればその通りなのだが、実際にそうだったのだから仕方ない。
規格外の化け物ならばそれなりの態度を取ってくれよと、ルチェットは一瞬ハルカに文句を言いたくなった。しかしもしそうだった場合、今頃自分は死んでいるだろうと思うと、そんな気持もすぐにしぼんでしまう。
「だが! 大型飛竜に立ち向かって俺が生きているのは事実だ!」
「あっちゅうまに食われたと報告で聞いたがな」
ルチェットはイラっとしたが、こぶしを握り議論を続ける。
ここで殴りかかっては全てがうやむやだ。
年を重ねた老爺の姦計に付き合う義理はない。
「……確かに、一瞬でやられたけど、そりゃあ関係ないだろ。だからこそ俺が今ここにいることが、何よりの証明だと言ってるんだ」
頑固爺さんが下から睨みつけてくるのを、ルチェットは真正面から睨み返す。
緊張で場が静まったところに、ガルーダの最も誉れ高い戦士が静かに口を挟んだ。
「……誰を行かすのか。それが重要だ」
「そうじゃ。これで大勢引き連れてぞろぞろ顔を出し、まとめて殺されてから戦になってはかなわん」
「だそうだが?」
全員の注目が集まったところで、ルチェットはニヤッと笑った。
「俺が行く。後は老い先短い爺が証人になってくれりゃそれでいい。それで納得か?」
「な、なぜわしが……」
「理にかなってるな」
「な!?」
文句を言おうとした老爺の言葉を戦士が遮った。
「ならば俺も行こう。ルチェット、俺、それから北山のティニアの三人だ。いざとなればルチェットが体を張ったように、俺が前に出てお前らを逃がしてやる。それでどうだ、ティニア」
戦士の言葉を受けて、今度は全ての視線が老爺に集まる。
難しい顔をしていたティニアは、やがて深いため息をついてじろりとルチェットを睨んだ。
「死んだら十代先まで呪ってやるか」
「年寄りの癖に生き汚ねぇ……」
「たわけが。年寄りだからこそ生を大事にしとるんじゃ!」
ごたつきはあれども話は決まった。
翌朝、早速準備を終えたルチェットはぶつぶつと文句を言われながらも、花人の縄張りへと嘴を向けたのであった。
一方その頃ハルカは、一人で重機のごとく土地を切り開いていた。
魔法を使い木々を掘り倒していく姿は、正に圧巻で、見ているアルラウネたちは思わずドキドキしてしまう。それは恋ではなく、当然敵対しなくてよかったなぁという安堵のためにである。
根っこから掘り返された木々は、追いかけていった仲間たちが引きずって一か所にまとめていく。退屈そうな作業だが、アルベルトなんかはできるだけ身体強化を使わず、汗水たらして体を鍛えている。
身体強化ばかりで、そちらがおろそかになるのもあまり良くない。
土をひっくり返しまくって、夕方頃にはすっかり畑に丁度良さそうな地面ができた。そこにナギたちが着陸してうろうろとすると、勝手に地面が踏み固められていく。
足場が悪くて変な感じなのか、大きく足を上げて歩いている姿が少々滑稽でかわいらしく、ハルカは微笑みながら竜たちがうろうろするのを眺めていた。
そのすぐ横に立ち、腕を組んで難しい顔をしていたアルベルトは、何かに納得したのか大きく頷いて口を開く。
「なぁ、中型飛竜が着陸するところいくつか作るんだろ?」
「ええ、その予定です。リザードマンの里、ここ。それからガルーダたちとの交渉がうまくいけば、あの平らな山の上。砂漠に二つ」
想定しているルートは大陸中央からやや北を飛んでいくものだ。
やや弧を描くような形にはなるが、〈ノーマーシー〉までの最短距離である。
適当な棒を拾って、ハルカは地面にざりざりと大まかな地図と線を描いていく。
「こんな感じですね」
「うん、それはまあいいんだけどよ」
「あ、はい」
珍しく興味を持ったのかと思ったが、やっぱりアルベルトが気にしているのは、そんな小難しい話ではなかった。
「その休憩地点ごとに秘密基地作れるんじゃね?」
「秘密基地、ですか」
黄昏の森の中にも作ろうという話をしたまま、忙しくて手を付けていなかった。
確かにたまにやってきてのんびりと家づくりをするのも楽しそうである。
「……ガルーダたちがいつ来るかわかりませんし、明日とりかかってみます?」
「やるか!」
ハルカが乗り気になると、アルベルトがニカッと笑う。
「やるですか……」
そしていつの間にやら横に並んでいたモンタナが、アルベルトと同じく腕を組んで、まだ何もないふかふかの土地をじっと見つめた。
今は竜たちが土を踏み踏みしているが、モンタナの目にはなんとなく小さな小屋が見えている。
三人は勝手に盛り上がっていたが、食事の準備をしているコリンは、何やら決意を固めている背中をちらりと見て何をしてるんだかと首をかしげていた。





