エンブレム
腰が引けている、というか、花人たちは実際にゆっくりと後退りしてやや距離を取ろうとしていた。
動きがスローモションすぎて、本当にそうなのかはハルカの目から確認するのは難しかったけれど。
ハルカは蕾に閉じこもっている他の花人ではなく、ずりずりと地面へ入り込んでいくエノテラに話しかける。
「花人はこうやって近くに来た生き物を捕まえるのが常なのでしょうか?」
「私たちって動くの遅いじゃん? だから、危害を加えてきそうな相手は早めに牽制しないと駄目なんだよね。明らかに弱そうなのは放っておくんだけどさー」
「つまり中型飛竜はあなたたちにとって敵になりうるってことですね?」
「んー、大きさ的には警戒しときたい感じ? 空高く飛んでれば手の出しようもないし、こっちも気にしないんだけど……。ねぇ、この子たちどこのあたり飛んでたの?」
エノテラが蕾のまま姿を見せない仲間たちの方へ声をかける。すると、しばらくの沈黙の後、一つの蕾の中から返事があった。
「飛んでたっていうか、頭上ギリギリくらいを通って着陸して、私たちのこと観察してたかも?」
「そうそう。それで何これーって話し合いしてたら、空にでっかい竜がきたから困ってたみたいな、ね?」
一人が「ね?」というと、他の花人もそれを肯定するような返事をする。どうやらやはり、呑気に寝ている二頭が花人たちの近くへ寄りすぎたらしい。
場所を探るだけでいいと言ったのに、好奇心に逆らえなかったようだ。
なまじすでにエノテラのことを知っていたから油断をしたのかもしれない。
そもそもこの中型飛竜たちは、公爵領で育てられてきているから、あまり野生の経験が豊富ではないのだ。温室育ちのお嬢様とお坊っちゃまである。
今回は死なずに済んだが、これから先何があるかわからない。
ハルカは一度〈混沌領〉へ連れてきておいてよかったと前向きに考える。ここで中型飛竜たちに必要なことがわかったから、戻って教育を施すことができる。
「ここって今まで飛竜が飛んでくることありました?」
「えー、多分ないかも。昔は飛竜に乗った人が来てたけど、それ、私が小さかった頃の話だし」
「……でしたら、ここに飛竜がやってきても攻撃しないようにしてもらえませんか?」
「えー、あまり近づかれると怖いしー」
「うちの子たちは攻撃しないように教育しておきます」
「えー、でもなー、どうしよっかなー」
ずりずりと少しずつ地面に埋まっていくエノテラは、自分の縄張りに帰ってきたせいか、外にいた時より会話のテンポがかなりゆっくりになっている。
根気よく返事を待っていると、エノテラは「あ、そうだ」と言って手を叩いた。
「なんか目印つけておいて。それがついてたら攻撃しないってことでどう?」
「目印ですか……。いいですね、わかりました」
「目立つようにね!」
確かに区別がついたほうがいいだろう。
ハルカたちは見慣れているからわかるけれど、よその人からしたらどこの竜だかわからない。
誰でもわかるような印がつけてあれば、街の人だって空を飛ぶ姿に怯えなくて済む。
「どんなのがいいでしょうね。首輪だと、ちょっと物々しいですし、あまり目立たない気もします」
それにいつか無理やりつけられていた、無理やり従わせる魔道具を彷彿とさせるのであまり気持ちも良くない。
「目立つ色でスカーフとかつけてあげるってどう? かわいくない?」
コリンの提案を受けて、ハルカは綺麗な色のスカーフを靡かせて飛ぶ中型飛竜たちを想像した。ハルカの感覚としては確かに大変かわいらしいと大納得だ。
「あ、いいですね」
「結ぶだけだとすぐ取れるですから、金具で固定できるようにするです。模様、ハルカの名刺と同じの刺繍してもらうですよ」
乗り気のモンタナに、コリンも目を輝かせる。
「いいじゃん! 赤い布に金糸で刺繍とかどう?」
「……いい色です」
こくりとモンタナが頷く。
黙って聞いていたアルベルトは、金糸の刺繍というアイディアにこっそりとテンションを上げていた。
剣の鞘や、マント、あるいは小物にそんな刺繍がしてあるのを想像したアルベルトは腕を組んで「いいじゃんか」と呟く。
あまりオシャレに興味のないアルベルトのかっこいいラインに引っかかったらしい。
「なー、俺たちもそういうのなんか持とうぜ。宿の印みたいに」
アルベルトの珍しい提案にコリンは一瞬ぽかんと口を開けてから、その肩を軽くぱしっと叩いた。
「アル、それいい! みんなの分お揃いで作ろ!」
「お、そうだろそうだろ!? かっこいいよな、そういうの」
「ですです」
「ハルカはどうだ!?」
あまり反応がなかったハルカにアルベルトが振り返って話をふる。
ハルカは、その場で虚空を見つめながらも目を輝かせて立っていた。
みんなでお揃いのものを作るなんて、ハルカにとってはあまりにも輝かしく嬉しい話で、すっかり想像の世界に浸ってしまっていた。
「……街に戻ったら、作ってもらいましょう!」
喜ぶハルカたちに対して、今ひとつピンとこないレジーナと、子供っぽく騒げないイーストンの視線が交錯する。
イーストンがふっと笑ってみせると、レジーナはそっぽをむいて頭をかく。
当然、二人とも悪い気分ではなかったので、ただ黙って四人の会話に耳を傾けていた。





