中型飛竜たちの個性
土をかぶせ直したところまでは良かった。
しかし空に浮かべた瞬間、エノテラから悲鳴が上がる。
「きゃああ! ちょ、ちょっと大丈夫!? 怖い怖い怖い!!」
文字通りこれまでずっと地に根を張って生きてきたのだ。
飛び跳ねたことすらないエノテラが悲鳴を上げるのも当然のことである。
「できるだけ低めに飛びますから、落ち着いてください」
木の上すれすれを飛んでいても、怖いものは怖いらしい。
エノテラが目を生やしていた蔓なんてかなり高い位置に視線があるはずなのに、それとどう違うのだろうかと疑問に思うハルカである。
しばらくきゃいきゃいと悲鳴を上げ続けたエノテラは、やがて慣れないことに諦めたのか、目を完全に閉じて大人しくなった。
本当は目を開けて案内してほしいところである。
縄張りのおおよその方角は聞いているけれど、それでたどり着けるかまでは微妙なところだ。せめてもっと高い位置からならば分かりやすいのだけれど、高度を上げようとすると浮遊感を覚えるのか、目を開けてないくせにエノテラが騒ぎ出すのだ。
仕方なくハルカは、周りをぐるぐると飛んでいるナギを呼んで、竜たちに花人の縄張りを探してもらうことにした。エノテラ同様巨大な植物が多いらしいので、目のよい竜たちに広範囲を探索してもらえば、見つけることは難しくないはずだ。
「見つけてもあまり近づいたら駄目ですよ? 相手がびっくりしちゃうかもしれませんから」
ハルカはよくよく言い聞かせてから、ナギたちを空へと送り出した。
迂闊に近づいてガルーダの二の舞になっては困る。
まして今回は〈混沌領〉の中でも個々の能力が高い花人や樹人が相手だ。中型飛竜といえどもあまり近づいて戦闘になってしまっては何があるかわからない。
一時間が経過し、飛竜たちが戻ってこないことが少し気になり始める。
二時間で何かあったのではないかと。
そして三時間。
ハルカの表情が曇り始めたところで、上空で待機するナギの姿を見つけることができた。周囲にいる中型飛竜が二頭少ない。
「すみません、少し急ぎます」
エノテラの悲鳴が聞こえ、申し訳なく思いながらもハルカは一気にトップスピードを出してナギの下へ向かった。
近づいていくとナギがじーっと地面を見ていることがわかり、そちらへ視線を向ける。
するとそこには二頭の中型飛竜がぐったりとしている姿が見えた。
周囲には巨大な植物たちがおり、ナギのことを牽制している。
「ナギ、見張っててくれたんですね。そのまま待機してください。周囲に障壁を張って地面へ降ります!」
何が起こったのかわからないけれど、すぐさま次の行動を決めたハルカは、まっすぐに地面に降り立った。
少し高度を下げると、周囲に何かキラキラしたものが宙を舞っているのがわかる。
「エノテラさん! これは何ですか?」
「何ってなに!? まだ地面に降りてないんでしょ!?」
「降りてませんが、うちの子が二頭地面に降りたまま動いてません! 目を開けて確認してください!」
「やだ! わかんないけど、多分痺れるやつか眠らせるやつ! 私たちは空気にそういうのを混ぜて、相手の能力下げたりする力があるの!」
「分かりました」
地表ぎりぎりで勢いを殺し、障壁の外に魔法で風を発生させて、周囲の空気を花人たちがいる方へ押し返す。目に見えるキラキラが減ったところで、障壁を中型飛竜二頭を囲う形で再度展開し、内側の障壁を解除する。
「え、何? ついたの?」
エノテラの問いかけに答えることなく二頭に駆け寄ったハルカは、その呼吸と顔を確認し、どうやら眠っているだけだと判断してほっと息を吐いた。
「ねぇ、着いたの? 目開けても大丈夫?」
「……大丈夫ですよ。それから、周りの方々に私たちがただあなたを送ってきただけってことを伝えてください」
有無も言わさずに着地したせいで、周囲にいる花人たちはすっかり戦闘態勢だ。あちらこちらから蔓が飛び出してゆらゆらと揺れている。
地面にも張ってあった障壁にも衝撃があったことから、地面からの不意打ちもされていたことをハルカは知っていた。
「……エノテラ?」
そんな花人たちからエノテラの名を呼ぶのが聞こえてくる。
たちと言っても目に見える範囲にいるのは十体ほどだが。
「あ、ただいまー? 攻撃するのやめてほしいなーって」
「……捕まってるの?」
「違う違う、送ってもらったんだし。だからやめてよね。この人、昔来た冒険者の弟子だってー。竜はこの場所探すためにうろうろしてただけ!」
冒険者の弟子、と聞いた瞬間びくりと蔓が反応する。
そうしてしゅるしゅると蔓が地面に引っ込んでいき、慌てた様子の声が聞こえてきた。
「あれから人襲ってないわよ?」
「そうそう、ほら、その竜もなんだかわからないから眠らせただけだし?」
「あーしたち、約束は守るっていうか?」
「あ、はい。大丈夫です、私、頼まれて皆さんの監視に来たわけではありませんので。たまたまエノテラさんに出会って、困っていたので送ってきただけです。それに……」
誰もがしゃべり方がちょっとエノテラっぽい。
そういう種族なのだろう。
全員が蕾に閉じこもったまま出てこないのは、まだまだハルカたちのことを警戒しているからだ。
クダンとノクトが昔来た時に余程脅しをかけたらしい。
「この子たちも無事みたいですから何も。むしろ突然お騒がせしてすみません」
ほっとして気を抜いたまま出たハルカの言葉だったけれど、無事でなければ暴れてたともとれる。花人たちは勝手にその言葉の裏をくみ取って、眠らせるだけにしといてよかったと地面の中で、こっそり互いにコンタクトを取り合っていた。
基本的に勝手に縄張りに入ってきた獲物は眠らせたり痺れさせたりして食べてしまうのだが、空に大型飛竜が見張っていたから手をこまねいていた。
ナギがいなければ今頃、ミケとムギ(ユーリ命名)は花人たちの栄養にされていたかもしれない。好奇心旺盛な二頭だから、必要以上に低高度で飛行したせいで、花人たちの能力に引っ掛かってしまったのだ。
肝心の二頭は危機感なく、プーとかズーとか寝息を立てているが、無事なので呑気なのも許されるというものであった。





