応急処置
「オークとは敵対してるんですか?」
「えぇ? してないってばー。ただ、悪さをするから縄張りに来たら食べちゃうだけぇ。滅多にこないし?」
「それ、一般的には敵対してるって言うんじゃないでしょうか……?」
「自分たちから襲いにいったりしないしぃ?」
何を言っても適当に話をはぐらかしそうなエノテラである。
しつこく聞いても仕方ないので、とりあえずさっさと根っこを動かす方に集中してもらうために話を切り上げる。
実際これだけ移動に時間がかかるのだから、積極的にオークを捕食しに行ったりはしないのだろう。
また、今の反応から見ると、オークたちも自分が勝てない敵のいる場所には、あまり足を踏み入れないということにもなる。
震えるオークを置いて、ハルカは仲間たちを手招いて話し合いをすることにした。
現状を切り抜けるためのいい考えが、ないこともない。
「どうする……?」
オークを連れてきたことに少しばかり責任を感じているのか、コリンは控えめにハルカに尋ねる。
「あまり良い手と言えるかわかりませんが、脅しをかけて帰そうと思います」
ごにょごにょ作戦を伝え終えたハルカは、コリンを連れてオークの下へ戻る。
そうしてかがみこむと、コリンの様子をうかがうオークに話しかけた。
「怪我を治してあげますから、縄を解いたら集落に帰ってください。その前に約束を一つ。今後私たちのような人を襲うのはやめてください」
じっと目を覗き込むと、オークはすっと目を逸らす。
とりあえず逃げ出せば自分のものだと考えているのが丸わかりだった。
ハルカはため息をついて近くにあった大岩の前に来ると、魔法で手に石でできた巨大な拳を纏わせ、それを思いきり振り下ろした。
大岩が爆ぜ、地面に拳がめり込み大地が僅かに揺れた。
別に魔法によって作られた大きな拳も必要ないし、なんならひょいっと魔法を使った方がとんでもない事態を引き起こせる。
だからこれはあくまでパフォーマンスだ。
オークを恐れさせることに意味がある。
「分かりましたか?」
こくこくと首を縦に振るオーク。
ハルカはそれに歩み寄って手をゆっくりと伸ばした。
近づくにつれてオークの頷きはますます必死さを増していったが、別にここで顔を爆砕しようというつもりではない。
ハルカはため息をついてオークの怪我を治すと、その額に人差し指をあてて、頷く動作を無理やり止めさせる。
「怪我を治しました。これがどういう意味か分かりますか?」
オークは目を泳がせて言われていることの意味を考えた結果、ひきつった表情で首を横に振った。適当にわかったと答えればいいのに素直なことである。
おかげでそれを言葉にしなければいけなくなったハルカは、また小さくため息を吐くことになった。
オークにしてみれば、答えられなかったせいで落胆されているように見えていたけれど、ハルカはただ憂鬱だっただけである。
「……あなたを酷い目に遭わせて、治して、又酷い目に遭わせることが出来るということです。あなたはもちろん、あなたの仲間も、私の気が済むまで死ぬこともできずに、ずっと苦しむことになります。……約束、守れますね?」
言っている意味をゆっくりと理解したオークは、ぶるぶると震えながら失禁し、首を痛めるのではないかというほど激しく頷いてみせた。
すごく悪いことをしているような気持ちになりながら、ハルカはゆっくりと立ち上がり、縄をほどきにかかった。あまり器用でないので、ほどくまで少しばかり時間がかかったが、オークはその間僅かに体を震わせるだけで、息を殺して静かに待っていた。
縄がほどけても、オークはその場にうつぶせになって動こうとしない。
「……どうぞ、お帰りください」
ハルカが言った瞬間、オークは跳ねるようにして立ち上がり、カックンカックンと回れ右。しばらく同じ方向の手足を同時に動かして前へ進み、藪へ入ったところで妙な雄たけびを上げながら走り去っていった。
見えなくなるのを確認すると、ハルカは一番大きくため息をついてがっくりと肩を落とす。
「師匠の真似をしてみましたが……、ものすごい極悪人になったような気がしてきます……」
「演技上手になった?」
「緊張してただけです」
コリンに顔を覗き込まれて、ハルカは凝ってもない首を左右に傾けながら答えた。
「でも、これであのオークの集落が頑張ってくれれば、以前よりは森が安全になるかもしれません。そもそも〈混沌領〉に人が来るには、私たちの拠点やリザードマンの里を通らなければいけませんから、そんな心配をする必要もないんですけどね……」
「ま、転ばぬ先のなんとやら、でしょ。それにしてもハルカさん、すっかり破壊者たちの王様っぽかったよ」
「イースさんまでからかうのやめてください」
ハルカが首を振りながら答えると、オークが消えていった森の奥を眺めていたアルベルトが「ははっ」と笑った。
「その言い方だとノクトの爺も破壊者の親玉だな」
「ちょっと似合うです」
「あー、ノクトさんならうまくやりそうだよねー」
自分の師匠が仲間たちに酷いことを言われているが、どうも否定しきれないハルカは、弟子としてこれでいいのだろうかと少しばかり頭を悩ませるのであった。





