オーク君は飢えている。でも怖いものは怖い
レジーナはよく、破壊者を捕まえて食べようとするが、本気なのかは微妙なところだ。言ってやめるところを見ると、半分くらいは冗談なのかもしれない。
ただ、ハルカがゴーサインを出せば普通に食べ始めそうなのが怖いところだ。
「……生きてます?」
ハルカは恐る恐る近寄って、オークの様子を観察する。
まさか解体して食べるわけにはいかない。
肩が外されて顔が腫れあがっているけれど呼吸はありそうだ。
「あ、ハルカ、あまり近づかないほうが……」
「……お……」
「あ、目が覚めましたか?」
「女ァ!」
がばっと起き上がろうとしたところに、コリンが駆け寄ってきてそのこめかみをパカンと蹴り飛ばす。上半身が浮くような一撃に、オークは再び意識を失ったようだった。
「丈夫なんだよねー、こいつ……」
帰ってくるまでに何度も繰り返されたことなのだろう。
コリンの蹴りは熟練の職人のようにスムーズであった。
「なんか、女って言ってましたけど……」
「えー? 集落の近くに行ったらみんなそう言って襲ってきてさぁ。気持ち悪いからとりあえずぼこぼこにして、親玉っぽいのだけ連れてきたんだよね……」
「なるほど……」
「よし、解体するか」
アルベルトが腕まくりして解体を終えたばかりの血まみれのナイフを持ってやってくる。今の話だけ聞くとかなりろくでもないので、心情的には仕方のないことなのかもしれない。
「とりあえず、言葉がわかるみたいなので捕まえて話だけ聞きましょうか……」
ハルカとしてはすっかりげんなりだ。
昼間のガルーダの件が落ち着いたところだというのに、こちらもまた面倒そうな事態である。手を後ろに、足もぐるぐる巻きに縛って、その場に転がしておく。
コリンが丈夫だからいいよと言うので、今回は治癒魔法も使わなかった。
あまり印象も良くないので「まぁ、それなら……」とあっさり引き下がったハルカである。
「食わないのか? こいつら相手にしてるうちに、とった獲物も食われたんだぞ」
伸びているオークの後頭部を指さして言ったレジーナの表情は、結構本気のようであった。
しばらくすると、食事のいい匂いにつられたのかオークが目を覚ました。
きょろきょろとあたりの様子をうかがってから、ハルカたちの方を見ると涎をたらしながらずりずりと地面をはいずってくる。
コリンによって顔面がぼこぼこにされているせいで、別の化け物のような見た目になっており、暗がりで見ると少々不気味だ。
目が覚めたのを確認して、イーストンがため息をついて歩み寄っていく。
ハルカも含め一応女性が相手をすると興奮してしまいそうなので、人選を変えたのだ。
「女ぁ……?」
「いや、男だけど」
一瞬女性に見えたのかオークは疑問符を浮かべながらイーストンを観察し、男だとわかると顔を横に向けて器用に血の混じった唾を吐いた。
割とイラっとしたイーストンは、思わず剣の柄を握りそうになるのを我慢する。
「なんで急に襲ってきたのさ」
「……そんなことより、腹が、減った」
勢いをつけてゴロンと転がったオークは、仰向けになってグーッと腹を鳴らす。
「ちょっと真面目に話聞きなさいよ」
離れた場所からコリンがにらみつけると、オークはびくりと体を一瞬硬直させて、もう一度ごろんと転がってうつぶせになった。
「真面目に聞く、あいつ怖い。起きる度、殴られる」
まるでしつけられた動物のように見えて、イーストンは少しだけ笑ってしまう。
これはコリンのことは襲わなさそうである。
「そっちの事情を教えてくれる?」
「女、留守の間に、半魚人に食われた。狩場、小鬼に荒らされた。子供いる。女必要」
「なるほどね。君たち、人は食べるの?」
「食べられるもの、何でも食べる」
「女の人襲ったり、人食べたりするのの我慢はできる?」
「満足してれば、できる」
モンタナがこくりと頷く。
別に嘘はついてないらしい。
「どうしたものかな……。オークの集落は君たちのところしかないの?」
「あっちこっちに、ある」
「じゃ、女性はそっちで探したらいいじゃない」
「どこも足りてない。戦いになる」
「あー……身内でも戦ってるから数がずいぶん減ってるのか……。それ、戦って負けたほうはどうなるの?」
「飯。女は仲間になる」
野蛮と言えば野蛮だが、まるで話が通じないわけでもない。
ここで殺してしまうことも容易いが、さてどうしたものかとイーストンが肩を竦めて戻ってきた。
「どうする? 元の集落まで捨ててくる? オークは鼻がいいから、臭いをたどって追ってくるかもしれないけど」
「でも思ったより話が通じそうだよねー」
「あまり話はしなかったんですか?」
「うん、起きる度に喋る前に殴ったり蹴ったりして気絶させてたから」
仕方のないこととはいえ、こちらもかなり野蛮である。
オークの視線がコリンの方にだけ向かないのはこのせいだろう。
それを見たモンタナが呟く。
「コリンのこと怖がってるです」
「そうみたいですね」
「だから、言うことは聞かせられるですよ? 例えば、人は食べない、とかです」
「それは、そうかもしれませんが……」
だからって困窮すれば何をするかわからない。
「……ああ、なるほどね」
何かに納得したようにイーストンが頷き、ついていけてないハルカが首をかしげる。
「……オークをちょっと手伝って、小鬼と半魚人を減らすために動かすこともできるってことです。そうじゃなくても、コリンがよく言い聞かせれば、あれは多分言うこと聞くですよ」
「いいじゃない、それぇ。賛成さんせーい」
少し離れた場所から同意を送ってきたのはエノテラだった。根っこが半分くらい外へ出てきている。
「オークは半魚人とか、小鬼よりは、まだ話が分かるもんねー?」
地面からぼこりぼこりと蔓が飛び出すと、オークは体を縮こまらせるようにして震えた。
「なんで、あれ、ここにいる。俺、あっちまで、行ってない!」
「なんでだろうねぇ? 悪い子は食べちゃうぞぉ?」
けらけらと笑っているエノテラだが、オークの方は心底怖がっている。
どうやらオークは、エノテラ、というか花人が苦手なようだった。





