二番目の刺客
「おかえり。話はついたの?」
少しばかり疲れた顔をして戻ってきたハルカに、イーストンは座ったまま声をかける。
「ええ。一応、中型飛竜たちのルートに山脈を使わせてもらえないかの交渉まで」
「へえ、やるね。コリンが聞いたら喜ぶんじゃない? ちなみにどんな話の進め方をしたの?」
「あちらが最近の〈混沌領〉の変化をある程度把握していたようなので、こちらで把握している情報をお伝えしてお願いしました」
「なるほどね」
それって暴力を背景にした強制外交に近いのではないかなと思ったイーストンだが、ハルカがまた無駄に頭を悩ませそうなので口にはしないでおいた。
少なくとも混沌領においては、ハルカが百の言葉を尽くしてお願いするより、ハルカの武力をお伝えしてお願いした方が話が早い。破壊者とは概ねそういった分かりやすさを好む傾向にある。
「エノテラさんを送っていった先に、お知らせに来てくれるそうです」
「へぇ……向こうから来るんだ」
少なくとも待ち構えて迎え撃ってやろうという意思は感じない。
どうやら先ほどのガルーダがそれなりに真面目に、ハルカに対応しようとしているらしいことをイーストンは感心した。普通は武力をちらつかせたら、もう少し反抗しそうなものだけれどと思う。
ルチェットは自慢の空を飛ぶ速さで最初に負けているから、こりゃあ駄目だとなったわけだが、イーストンはすっかり見慣れてしまっていてそれを失念していた。
常識からずれた者と一緒にいるとだんだんとそちらに染まっていくのは仕方のないことと言えるだろう。
「なんにしても少し疲れました」
ハルカが空を見上げると、ナギたちは未だ障壁の上から少しだけ顔を出してこちらを見下ろしている。親に怒られた子供のように見えるのは、ハルカが今となってはすっかり、彼女たちをかわいらしい家の子だと思っているからだろう。
イーストンに断りを入れて、ナギたちにまたお散歩に行っていいと伝えて空へ放して一休み。
エノテラの根っこの全容はまだまだ見えてきていなかった。
「いい暇つぶしになったんじゃない?」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
ずっと待機していたイーストンが言うと、ハルカも苦笑いで同意する。
内心では暇つぶしどころではなかったと、深くため息を吐いたところである。
それじゃあまた休憩と、のんびり過ごすこと数時間。
日が傾き始めた頃に、モンタナとアルベルトが帰ってきた。
「ただいま! 小さい獲物は結構いるんだけど、でかいのが少ねぇんだよなぁ」
元気なアルベルトが持ってきたのは、兎やら大型のげっ歯類やらの、いわゆるハルカたちがいつも食べるような小型の魔物だった。
他に何か問題を抱えてきた様子はないことにハルカはほっとする。
穴を掘って水を近くに出してやると、そのままアルベルトが解体を始めた。
これで今晩の食事は豪勢なものに決まりだ。
モンタナが食べられる植物をひとまとめにしている間、ハルカはコリンが料理できるようにかまどを準備する。
準備を終えてアルベルトの進捗はどうかな、と振り返ると、頭に何かきらりと光るものがついていた。光の加減かなと思い近寄ってみると、どうも細い細い糸のようなものが髪に絡まっている。
「なんかついてますよ?」
「ん、なんだ? とってくれよ」
解体中のアルベルトの手は血まみれだ。
代わりにハルカが手を伸ばしてとってやる。
ちょっとペタペタとするそれは、どうやら蜘蛛の糸のようであった。
森の中へ入るとままあることである。
「蜘蛛の巣にでもひっかかりました?」
「いや? そんな記憶ねぇけどな」
アルベルトは背が高いから、気付かずに髪の毛に絡まることもあるのだろう。
ハルカはあまり気にすることなく、アルベルトの横に座り、解体を手伝うことにするのだった。
そうして大体の解体を終えたころ、藪の奥の方からひょっこりとコリンが顔を出した。
なぜかニコニコとしており、レジーナの姿は見えない。
スーッとハルカたちに近寄ってきたコリンは、ニコニコと笑ったまま、上目遣いでハルカを見上げる。
「あのー、ハルカ、ちょっとあれなんだけどさー……、驚かないでね?」
がさがさと藪が揺れて今度はレジーナが顔を出す。
「あ、まだちょっと待って、説明終わってないから……」
コリンがそう声をかけた時、レジーナはぽいっと藪の中からその巨体を放り出した。
「肉とってきたぞ」
腰に布を巻いただけの三メートル近くある巨体。
完全に意識を失っているそれは、どう見ても二足歩行しそうな形態をしている。
「えへへ、なんか襲われて返り討ちにしちゃってー……」
レジーナなら何かやるんじゃないかという嫌な予感が的中し、ハルカは額を押さえた。
おそらくこれはオークだ。
どうしてこうも問題が次々と起こるのか、頭が痛くなる。
「まあ、仕方ありません。コリンは止めてくれたんでしょう?」
「まぁ、そんな感じで……」
コリンはちらりと振り返り、レジーナの顔を見る。
それに合わせてハルカも目を向けると、レジーナはなんの悪びれもなくそこに仁王立ちしていた。
「いや、ごめん。私がやった」
「え?」
「あたしは食えるかと思って引きずってきただけだ」
「……え?」
「いや、だって、ほら……。ごめんね?」
珍しくしどろもどろな様子のコリンは、かわいらしく上目遣いのまま謝罪をするのであった。





