いい機会
ハルカの話を聞き終わったルチェットは、空を仰いで長く沈黙した。
「あの、大丈夫ですか?」
ルチェットにとって幸いなことに、この王様は無礼な態度を取っても気にしないタイプである。徒党を組んでいた吸血鬼や、戦闘に長けた南方の種族たちを力ずくでまとめた王だ。
本気を出されたら一瞬でお陀仏である。
ガルーダは空を自由に翔けることで戦いの優位性を保っているが、地上に住む破壊者と比較したときは決して強い部類ではない。その優位性は、自分たちが好きなタイミングで攻撃を仕掛け、離脱できるところにあるのだ。
だからこそ慎重であるし、情報を大切にするし、むやみに強者とは争わない。
つまり、ガルーダよりも素早く空を翔けるハルカならば、それらを蹂躙することは容易いと、ルチェットは現実的な理解をしていた。
「……どう転ぶかはわからないが、敵対しないように言葉を尽くしてくる」
「ありがとうございます」
「……いや、なんなら一度戻って無事を知らせたら、もう一度お前を訪ねる。竜たちを連れて一緒に山脈まで来てくれた方が説得力も増すだろ」
「いいんですか?」
「頼んでんだよ」
これまでも大丈夫だったのだから、今更ルチェットも態度を変えるつもりはなかった。友好的な関係であることを種族のものに見せたほうが、言葉に重みが出るかと思ってのことだ。
とんでもない情報をぶち込まれた割には、冷静によく考えている。
「それじゃあ……お願いします。ええと……、花人たちが暮らしている辺りって分かりますか? 今からあちらのエノテラさんを送っていく予定なんですが」
「送っていく? 奴らの縄張りはわかるけど……花人ってほとんど動かないだろ? どうやって送るんだ?」
ルチェットの知っている花人は、同じ場所でずっと暮らす種族だ。
花人と樹人が共に暮らしている領域で、実をならせて動物を育てながら暮らしているのだ。
時折馬鹿なガルーダの若者が喧嘩を仕掛けにいって、ほとんどのものがそのまま音信不通となる。
それは巨人を相手にするより、ラミアを相手にした時よりも低い生存率だ。
できればそんな場所に顔を出したくないという事実はさておき、ハルカが何を言っているのか、ルチェットにはやっぱり理解できなかった。
「こう、大きな箱のようなものにいれて飛ばして運ぶ予定なんですが……。説明が難しいですね」
説明されても分からないけれど、とにかく可能らしい。
「数日中にはつくのか?」
「明日にはついている予定です」
「わかった、じゃあそれでいい。……周りにいる花人や樹人に、俺が行くことはちゃんと伝えておいてくれ。襲いに来たと勘違いされて食われたくないからな」
「……花人ってガルーダを食べるんですか?」
「返り討ちにした生き物なら何でも栄養にするだろ」
やっぱり花人たちの〈混沌領〉におけるヒエラルキーは結構高い位置にあるらしい。
「あ、でもコボルトは食べないって言ってましたよ」
「……ああ、あいつらっていざ近くに来ると、なんでかわからないけど、戦う気がそがれるんだよな。その点だけは花人とも話が合うかもしれん」
「まぁ、折角なので花人とも交流を持ってみてはいかがでしょう? 住んでいる場所はお隣同士のはずですし」
「口利きしてくれるなら考えておく。ああ、あと、頭の上で光ってるやつ。あれってお前のか?」
ルチェットは、さっきからずっと気になっていた妙ちくりんな大きな光を指さした。
「あ、そうです。ナギたちの……竜たちの目印にと思いまして」
「そうか。じゃ、あれ出し続けといてくれ。俺もそれを目印に合流する」
「わかりました。ではあのままにしておきます」
話が終わると、ルチェットは大きく息を吐いて、ひとまずこの場を乗り切ったことに安堵した。精神的にはすっかり疲れ切っているはずなのに、治癒魔法を使われたおかげで体の方は絶好調で、何ともちぐはぐな感じだ。
「それじゃあ俺は巡回部隊に戻る。心配しているだろうし、竜の件で大騒ぎになっててもおかしくないからな。……あ、俺が行くのがあまりに遅かったら、悪いがこの話はなかったことにしてくれ」
「その時は諦めますので、ルチェットさんもあまりご無理なさらずに」
最悪いつでも役目から逃げられるように言い訳をしたというのに、ハルカはルチェットの立場の心配をする言葉だけを返した。
「……できるだけ頑張ってみる」
それに背中を押されてしまったルチェットは、自ら肩にずっしりと重荷を背負いこんでから空に飛び立った。
ハルカならば何もしなくたって本当に怒ったりしなさそうだが、無条件に信頼だけを寄せられると断りづらいのだ。
それに、これからのガルーダ全体を思えば、この機会を逃すわけにはいかない。
相手は力を以て混沌領のほぼ全域に手を伸ばそうという、とんでもない王なのだ。
いくら気の抜けた性格をしていようとも、それが事実ならばガルーダだけが孤立していたってなにもいいことはない。
呑気に手を振って見送っている大王に軽く手を振り返したルチェットは、大騒ぎになっているだろう住処へ翼を急がせるのであった。





