空の情報網
「近頃変なことが多くて巡回を密にしていたんだ。小鬼と半魚人が増えたかと思ったら、巨石が飛んで、畑を作ってたコボルトが消えて、巨人たちが争わなくなった。わけわからん事態の中に、俺たちが儀式場と呼んでいる場所に巨大な竜が現れたってのもあったんだ。さてはその犯人はお前だな?」
ガルーダは空を飛べるだけあって情報を多く持っているようだ。
話した限りかなり知的な種族であり、交渉をする余地は十分にありそうである。
それはそうと、混沌領では大型飛竜など見ることはないので、ルチェットの言う儀式場に関することについてはごまかせそうになかった。
「……ええと……、もしかしてアンデッドの出る山のことですか?」
念のための確認に、ルチェットはすぐに察して頷いた。
「やっぱりか。そのせいで俺たちは巡回を増やしているところだ。大型飛竜に棲み着かれちゃたまらないからな。……なぁ、まさかと思うが……、こうして普通に話しているんだから、侵略とかじゃないよな?」
ガルーダの間では、手に負えなかった儀式場に大型飛竜がやってきてから、アンデッドが出現しなくなったという議題が上がっていた。先ほどのことだけでなく、儀式場の問題まであっさりと解決しているのならば、戦闘力の方も高いに決まっている。
不安になったルチェットは、念のために探りを入れる。
「あ、違います。今回は異様に増えた半魚人の調査に来たんです。その時に花人が困っているのを見かけてちょっとお手伝いを」
ハルカは少しも気負わずにあっさりと答える。
むしろ、ほぼすべてハルカたちのせいである諸々の問題から話題がそれたことで、ほっとしていた。
どうやら大丈夫そうだと判断したルチェットだったが、今度はハルカの行動の意味がよくわからない。住んでもないのに半魚人を気にするのも、ガルーダにとっては恐ろしい花人を助けようとするのも、何かメリットがあると思えないのだ。
「なぜ半魚人のことなど見に来たんだ? ダークエルフはこの辺りに住んでいないだろう?」
「ああ、西の山脈を越えたあたりに何かが食い荒らした海の魔物が流されてきたんです。それで原因を調べに来たところでした」
「なるほどな。たまに増えるんだ、小鬼も半魚人も。迷惑な話だが、割を食うのは森にすむオークだけどな」
「半魚人はやはり水から離れては長く暮らせませんか?」
「それもそうだし、空に攻撃するのも下手だからな。ただ増えると魚を獲りに行くのに邪魔で困る」
「なんにでも襲い掛かるようですからね」
「馬鹿なんだよ、あいつら」
意外とテンポよく話が進むので、ハルカはどんどん緊張感がなくなっていく。
ルチェットも、ハルカに対する印象はぼけた保護者というものから変わっていない。
「あのですね、あなた方は他の種族と交流があったりします?」
「他っていうと、花人とかラミアとかか? ないな。コボルトなら飼ってるが」
「飼っている、ですか?」
どんな環境に置かれているのかと、ハルカが不安げに尋ねるが、ルチェットは何でもないようにその環境について教えてくれた。
「ああ、平原からさらってきたのが働いてる。あいつら手先が器用だから、役に立つんだ。飯やっておけば勝手に懐くから逃げる心配もないしな。飼うっていっても、何世代も一緒に暮らしてるやつらもいるし、家族みたいなもんだ」
確かにガルーダがコボルトを攫うという情報はあった。
しかしルチェットの話しぶりからして、攫われたコボルトたちの生活はそれほど悪いものではなさそうだ。
おそらく人が犬を飼っているのと同じくらいの感覚である。
「ああ、なんだかちょっと分かります……」
「なんだ、お前も飼ってるのか?」
「いえ、飼っているとは違うんですが、縁がありまして」
言葉を濁すハルカに首をかしげながらも、ルチェットは続ける。
「そういえばお前、儀式場では何してたんだ? そのまま東へいなくなっただろ」
「あそこは、ちょっと山を越えるのに一泊しただけですね。この間まで東端の街に吸血鬼がいまして……。それが人族の領土に危害を加えていたので、ちょっと戦いに」
「吸血鬼だぁ?」
空を飛ぶ速度では全く劣ることのないガルーダだったが、その大半は夜目が利かない。そもそも地力が違うというのもある上、夜に不意を突いて攻撃をされるとなると、かなり厄介な相手なのだ。ルチェットにとっては聞き逃せない情報である。
仲間に報告をしなければと、慌てて戻ろうとしたところで、ハルカが呼び止めた。
「あの、もうそっちは何とかなりましたから。今は心配しなくても大丈夫だと思います」
「なんとかってなんだ? まさか倒したのか?」
「はい、もう危険はありません。吸血鬼が住んでいた東の街は、今私の仲間たちが住んでいますので、危害とかは加えないようにお願いします」
「……なるほど、わかった」
「それからお願いが一つありまして……」
今の状況を考えればお願いはすなわち命令のようなものだ。
それでもお願いというスタンスを取るあたりに、ルチェットはハルカの性格を垣間見た。
「断ったらどうするんだよ」
「無理そうだったらそうおっしゃっていただけると」
「……なんだよ、お願いって。一応言ってみろよ」
聞かないと言ったら素直に諦めそうなハルカを見て、ルチェットは話だけでも聞いてみることにした。
「ありがとうございます。今後ですね、その東の街〈ノーマーシー〉との連絡のために、先ほどの中型飛竜たちを空に飛ばすことがあると思うんです。あなた方には危害を加えないようよくよく言い聞かせておきますので、山脈の上を通過させていただけないかなと」
「……あのな、俺はただの巡回隊長だぞ。俺の一存でそんなこと決められるか!」
「あ、そうですよね……。そのほうがまっすぐ行けて便利なんですが……。どなたか交渉できる方を紹介していただけたりとかは……?」
「……それ、脅しじゃないよな?」
「え?」
聞かないなら大型飛竜を連れて本拠地に乗り込んでやるぞ、ともとれるお願いに、ルチェットは最後の確認をしたが、返ってきたのはきょとんとした顔だった。
「…………わかった。爺どもに一応提案してみる。その代わりにだ! お前がこの辺りでやったこと洗いざらい教えろ。最近わけのわからないことが起こりすぎてて、俺たちも困ってるんだよ!」
「分かりました。それで提案していただけるのなら」
酷い目にあったが、結果来たのは無駄にならなかった。
何を話されるかわからないルチェットは、今の時点ではハルカとの出会いをその程度の価値だと考えていた。





