あっちこっちの心配事
ハルカはエノテラから少し離れた場所に、魔法でこれでもかという大穴を掘って待機する。イーストン以外の仲間たちは、みんなで探索へ出かけてしまった。
今日は珍しく男女でペアを分けたようだ。
アルベルトとモンタナ、それからレジーナとコリン。
とりあえず迷子にならなければそれでいいかと、ハルカも手を振って快く送り出してあげた。
夕暮れには何か獲物を狩って戻ってくることだろう。
エノテラがゆっくりと穴に向けて移動する間、ハルカとイーストンはのんびりと話をする。
物騒な魔物や破壊者が暮らしていることを除けば、のどかな森の中である。最低限地面が平らになっているのは、この辺りに破壊者たちが住み続けているおかげだ。
最低限の文明を持つものが普通に暮らしていない土地というのは、もっと足場が悪いものだ。切り株なんかもたまに見かけるから、木材を利用して何かしている種族がいることもわかった。
「この辺りは元々オークの縄張りらしいんですよね。私はアンデッドのオークしか見たことがないんですが、イースさんはどうですか?」
「実は僕も見たことがない。体は人より二回りくらい大きくて、食欲旺盛だって聞くよ。小鬼や半魚人に比べると出生率はやや劣るけど、人よりは随分と成長が早いとか」
「話は通じるような相手なのでしょうか?」
「どうかな。いわゆる三大欲求にしたがって生きていると聞くよ。破壊者として、かなり人族とは相容れない性質を持っていそうだけどね」
聞いてみた限りでは、確かにあまりお近づきになりたくない雰囲気だ。しかしイーストンを信じないわけではないが、それでもハルカは一度生活を覗いてみようかなという気持ちがある。
ハルカの考えるような仕草に、イーストンは言葉を続ける。
「ま、僕も聞いただけだから。時間ができたら見に行ってもいいかもね」
「そうですね……。同じ種族でも違う考えのものもいるみたいですし」
大穴の隅から、にょきっとエノテラの根っこが飛び出して、うねうねと動くのが見えた。どうやら慎重に動いているようで、完全に穴に収まるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
底面とエノテラが入ってくる側面以外は、障壁で囲って補強してあるので、すっぽりと入ってくれればあとは土を放り込んで空へ旅立つだけだ。
頭上をナギたちが編隊を組んで通り過ぎていく。
海まで見にいって帰ってきたようだった。
砂浜で休むのは流石にまずいと判断して、別のところへ向かうようだ。
一日中飛んでいても問題ない飛竜たちだから、特に問題はないだろう。
「……レジーナは大丈夫でしょうか」
空から森へと視線を戻したハルカは、切り株を眺めながらふと漏らす。
「何が?」
「ほら、オークに出会うかもしれないじゃないですか」
「そういうこともあるんじゃない? 考えてなかったの?」
「いえ、考えていたんですが……」
言い淀むハルカにイーストンは肩をすくめる。
「小鬼や半魚人の群れに押されているオークに負けることはないでしょ」
「あ、いえ、その心配ではなくですね」
ボコリと土の塊が落ちたのを見て、一度言葉を区切ったハルカだったが、すぐに仲間たちが消えていった森の方を眺めて呟く。
「オークと遭遇して、大暴れするんじゃないかと思いまして」
「……まぁ、そういうこともあるんじゃない?」
負けて大怪我をするよりはありうる未来だ。
「半魚人がこの辺りまで出張してきていましたし、エノテラさんがこの辺にしばらくいたのにオークを見ていなかったらしいので、大丈夫と思いますけど……」
「君たち、すぐ色々と問題起こすものね」
さらっと自分を除いてハルカたちのせいにしたイーストンだけれど、本人も大概である。
「考えても仕方ないしのんびりしなよ。僕は少し眠るけど、何かあったら声かけてね」
イーストンは口元を押さえて小さくあくびをすると、そのまま木に寄りかかって目を閉じてしまった。
木漏れ日が差し込む森の中。
考えたら少しずつ不安になってきたハルカだけれど、どこかへ向かうわけにもいかず、それとなく周囲に目を走らせながら仲間たちが戻るのを待つのであった。
さて、そんなハルカの心配に最初に応えてくれたのは、アルベルトでもレジーナでもなく、お空を悠々と飛んでいたナギだった。
東の空からやってきた米粒大の影を、ナギの目ははっきりととらえる。
それは空の王者、ガルーダの集団だった。
たまたま彼らの巡回ルートに遭遇してしまったわけなのだが、ナギは事情なんて知ったこっちゃない。
ただ、人型で空を飛んでいるのを見るのは珍しいので、少しばかり方向を変えて、彼らのもとへまっすぐ飛んでいってみることにしたのである。
凄まじい速度で迫ってくる竜の集団に驚いたのはガルーダだ。
慌てて反転して逃げ出すが、とてもじゃないが逃げ切れるとは思えない。
悲壮な覚悟を決めた一人は、くるりと振り返って足止めを決行することにした。
涙する仲間たちに勇気をもらい、空で堂々の仁王立ちである。
空では敵なしだというプライドもある。
その場に残ったガルーダは、先制攻撃として魔素を利用した特大の風の刃をお見舞いしてやった。
不可視の刃が先頭の竜、ナギに命中する瞬間、ガルーダは「やったか!?」と歓喜の声を上げた。
あの速度で刃に突っ込んできたのだから、無傷のはずがないと思った。
思ったのだが、ナギの勢いは全く弛まず、ほんの一瞬瞬きをした次の瞬間には、目の前にピッタリと停止していた。
ナギは初めましての相手に、口を開けてガウガウと、きちんと挨拶をする。
渾身の一撃を無視された上、目と鼻の先でそんなことをされたガルーダには絶望しかなかった。もうダメなんだと、そう思った瞬間、ふっと意識が遠のく。
落下するガルーダを見て驚いたナギは、仕方なくそれを口でキャッチ。そのまま口を半開きにしたまましばらくの間考え、それからどうしたらいいのかわからず、結局ママを頼ることにした。
口にガルーダを引っ掛けたナギが帰ってくるのは、ハルカが竜の編隊を見送ったほんの一時間後のことである。





