時間感覚
「ゼスト様に会ったのはいつ頃のことですか?」
「えー、私がまだ小さかった頃だから……かなり前?」
「かなりとは?」
「かなりって、ほら、百年くらい?」
なるほど百年か、とハルカは納得する。
多分ノクトも百年と少し前に出会っているそうだから、その頃にはこの北方大陸をうろうろしていたのだろうと推測したのだ。
しかし直後モンタナが「噓です」と小さな声で忠告する。
「……ホントはいつ頃ですか?」
「……人がー、なんかめちゃくちゃ戦ったりして、この辺りに来なくなった頃?」
「千年前くらいですね」
「女性に年齢尋ねるのって良くないよねー」
両手の人差し指の先を合わせながら、エノテラが唇を尖らせる。
「以前冒険者に会ったのも、お母さんじゃなくてエノテラさんです?」
「そうだけど、そうだけどさぁ」
モンタナの質問にエノテラが拗ねて他所を向いたまま、観念したように素直に答える。
「もしかしてそれって、怖い顔をした剣士と、桃色の髪の毛に竜の尻尾が生えた獣人じゃなかったですか?」
「え、知ってるの? へー、元気?」
「元気ですよ」
「へー、まだ元気なんだ。私ねー、ちょっとあの人たちと喧嘩したんだけど、その時結構酷くやられちゃったんだよね。ここまで大きくなるの大変だったんだから!」
「おまえよく生きてんな」
アルベルトが入れた突込みは誰もが思っていることだった。
「見逃してもらったんだよねー。ノクトだっけ? あっちの子が途中で止めてくれたおかげ! もうあの頃よりすっかり弱くなっちゃってぇ、半魚人なんかも皆殺しできないみたいな?」
だんだんと物騒な背景が見えてきて、ハルカは恐る恐る尋ねる。
「ちなみに何で喧嘩になったんですか……?」
「人が嫌いだったからだけど……?」
きょとんとした顔で答えてくれたが、やっぱり助けないほうがいいんじゃないかと思ってしまうハルカたちである。
「あ、昔ね、昔の話! 今はもう約束したから積極的に襲わないってばー。そんなに警戒しないでよね! ほら、昔は悪かったみたいな話、人にだってあるっしょ?」
「あ、はい、そうですね」
「あの頃は領域に入ってきたのは皆殺しにしようと思ってたんだよー。だってさー、私が小さかった頃、人が使ってたよくわからない武器で花人全体がすっごく数減らされちゃったから。だから人は嫌いだったし、そこから助けてくれたゼスト様は大好きなの」
それは神人戦争の頃の話なのだろう。
アンデッドを量産するようなあの兵器は、周りから魔素を奪い取っていた。
同様に、非常に強い種族である花人や樹人をせん滅するための兵器を開発していても何らおかしくない。
「当時は……普通にゼスト様にお会いすることがあったんですか?」
「ううん、見たのも声聞いたのもその時だけ」
「そうですか……」
ゼストはなぜ彼女たちを助けようと思ったのか。
死と破壊の神ならば、死にゆく花人たちを助ける理由なんてない。
ノクトに力を与えたり、巨釜山のブロンテスには『もう少し生きてみろ』と言ってみたり、あまり死と破壊のイメージにそぐわないことばかりやっている。
「ねぇねぇ、そんなことよりさ、場所移動しようよ。私動くの遅いから、喋るのは移動しながらでいいじゃん」
「そうですね、わかりました。まずは周りにいる半魚人を仕留めてから、こちらへ来ないように見張ります。エノテラさんは、その間に移動をしてもらいたいのですが……、どちらへ向かいますか?」
「東かなー。一応花人とか樹人が暮らしてる場所があるんだよね」
「ではそちらに向かうということで、まずは外の安全を確保します」
障壁に乗って外へ出たハルカたちは、そのままぐるりと壁の周りにいた半魚人たちを倒して予定通り安全確保。
それから壁を破壊してエノテラが外に出るだけのスペースを作った。
「じゃ、いくよー」
「おう、早くしろよ」
声を出したエノテラに気楽に答えたアルベルト。
そうして動き出すことを待っていたハルカたち一行は、地面が僅かに揺れたことに気が付き周囲を警戒する。
ぼこり、と地面が膨らみ、まるでもぐらが真下を通ったかのように、地面が盛り上がった。しばらく待っていると、それがどんどん広がっていき、エノテラの本体部分がゆっくりと、よく見ないとわからないくらいに前方へ移動し始めた。
エノテラが通った後は、耕されたように土が盛り上がっている。
「…………ねぇ、それ最速?」
思わずイーストンが尋ねると、エノテラは特に悪びれもなく答える。
「これが全力前進!」
「おっせぇよ、カタツムリよりおせぇじゃん……」
「大きいからそう見えるだけ! カタツムリよりはちょっと速いし!」
本人はそう言っているが、実際はどうやらカタツムリより遅い。
カタツムリだって二時間もあれば百メートルくらいは進むのだ。
エノテラは丸一日寝ずに移動しても見える範囲、つまり精々五百メートルくらいしか移動できない。土を掘り返しながら前進していると考えれば大したものだが、その速度はカタツムリの半分ほどしか出ていない。
その瞬間は「まあまあ」とアルベルトをなだめたハルカだったが、ふとエノテラに気になったことを尋ねてみる。
「あの……、目的地までどれくらいかかりそうですか?」
「えー? 海岸の近くまで行くのに三年くらいかかったから……、あっ、でもね! 多分そんなにはかからないと思うから! ね? 見守っててね?」
「ハルカ! 運ぼう! 土ごと全部掘り返して運ぼう!」
「そうですね」
「え、怖い怖い、やめてよ、なんで急にそうなるの? 半年くらいだから!」
レジーナがぎろりとエノテラを睨んで吐き捨てる。
「半年も付き合ってられるか馬鹿」
「えええ? たった半年だよ? なんでそんなひどいこと言うのかなぁ!」
長命種の時間感覚を舐めていたようだ。
助けを求めるように目で訴えてくるエノテラに、ハルカは静かに答える。
「痛くしたりしませんので、運ばせてください」





