ウペロペの災難
一度森の拠点へ帰り、ドワーフたちを置いてすぐに出発。
エノテラに会いに行くこと自体は安全であるという想定であるけれど、何が起こるかわからないからユーリとエニシはお留守番だ。
ついでに〈ドラグナム商会〉から預かっている個体を抜いた七体を、リザードマンの里まで一緒に連れていく。
拠点で暮らしている中型飛竜たちは、ナギの子分のようになっているので、その仲間であるハルカたちの言うこともよく聞いてくれるのだ。
ナギほど賢くないので、通訳をしてもらうような形であるけれど。
今回連れてきたのは、彼らを〈混沌領〉に連れていくためだ。
慣れてきたら今度はさらに行動範囲を広げていき、いずれ〈ノーマーシー〉と拠点を行き来できるようにする予定である。
そのためには途中の領土にいる友好的な破壊者たちに、中型飛竜たちを紹介しておく必要もある。
あまりのんびりしていると、いつ実現するかわからないということで、今回も同行することになったわけである。
リザードマンの里に行く理由はもう一つある。
山脈よりも人族側。
つまり暗闇の森の沿岸にまで半魚人が姿を現していることを伝える必要があった。リザードマンたちが住む森の中はかなり内陸の方になるけれども、遠出をしたものが遭遇しないとも限らない。
リザードマンの里へ降り立つと、すぐに戦士の一人が迎えに出てきて、ハルカたちはそのままドルの下へ案内された。
ドルは事情を説明されても動揺することなく頷く。
「わかりました。ではそちらは私たちで対処します。ともに来た中型飛竜たちは、以前仰っていた〈ノーマーシー〉との連絡役になるのですよね? あちらの情報を得られるのは助かります。数人の戦士が〈ノーマーシー〉へ行ってみたいと申し出ておりますので、次に向かわれる際には立ち寄って連れて行って下さると助かります」
ハルカが来た時に話すべきことを用意してあったのか、ドルはすらすらとよどみなく言葉を連ねていく。
「先日幾人かの精鋭に、陛下がふさいでくださった山道を越えさせ、森の調査をいたしました。想定された通り、かなりの数のゴブリンが森の中をうろついております。ただし、飢えたものも多いようですから、数が減るのは時間の問題でしょう。半魚人に関しても同様の結末をたどることになるかと」
ハルカは黙って情報を頭に詰め込み、とりあえずすぐに自分が対応しなければならないこともなさそうだと判断し、深く頷いておいた。
同席したミアーはハルカが来た当初は騒いでいたけれど、ドルが話し始めてからは口をぽかんと開けたまま首をかしげていた。
話が一段落したのを確認してから、ゆっくりと首の位置を元に戻したミアーは、ハルカの真似をして頷いて口を開く。
「ヘルカはまタ森に行くのか? 今度は何を倒すんダ?」
「もしかしたら半魚人を。花人たちは倒すというよりは、仲良くできないかお話し合いですね」
「仲良くかー。ミアーは仲良くもいいト思うぞ! 群れが大きくなるト、強くテ安心ダ!」
「そうですね、ちょっと頑張ってきます」
「うん、頑張れヘルカ! ミアーは応援しテる!」
「ありがとうございます」
「あ、子供増えタから、今度見に来るトいい! かわいいぞ!」
「そうなんですね、それじゃあ今度……。え? 増えたんですか? 誰の子です?」
小さな子供を相手にするような気持ちで、さらっと流そうとしたハルカだったが、思ったよりも大事なことに問い返す。
ミアーはけらけらと笑って翼をばたつかせながら答える。
「ハニーの子しかない!」
「……えと、お母さんは?」
「忘れタ! 色々!」
どうやら一人や二人ではないらしい。
「ハーピーって、そんなにたくさん生まれる種族なんですか?」
「群れの数が減ッちゃッタから、ハニーが頑張ッタ!」
「……そういえばウペロペさんは?」
ドルがさっと目を逸らし、ミアーが堂々と答える。
「おうチデ頑張ッテる! チょットダけ痩せタけド、いっぱい食べれば元気!」
「あ、そうですか……。お子さんたちには今会えますか?」
「まダ外デないから、まタ今度!」
「はい、ええと、では、また今度。その、ウペロペさんによろしくお伝えください」
「じゃあミアーも帰ッテハニーに頑張ッテもらう!」
話すだけ話して満足したのか、ミアーはさっさと部屋から出て行ってしまった。
なんとも変な空気を、ドルが咳ばらいをしてかき消す。
「というわけで、特にこちらは問題ございませんので。陛下もお気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがとうございます……。あの、ウペロペさん大丈夫そうですか?」
「たまに生存確認はしております」
「そうですか……」
ハーレムではあるのだろうけれど、中々大変そうである。
ウペロペはころころと丸かったが、あまり体力があるようにも見えなかった。
少しだけハーピーたちの事情を考えてから、ハルカはすぐに首を振ってリザードマンの里を後にすることにした。
エノテラの下へ向かう途中に、すっかり日が落ちてしまったので、その辺りで地面に降りて一休み。
竜の群れが降りてきたというのに果敢に襲い掛かってきたのは小鬼たちだが、どれもやせ細っており、中型飛竜たちのおやつ程度にしかならなかった。
野営地の安全を確保した後は、辺りを巡回するように飛んだ中型飛竜たちが、それぞれの場所で小鬼たちをひょいパクりとして、不寝番は必要がないくらいに、周囲はすっかり静かになってしまった。
一晩しっかり休んだハルカたちは、再び空に上ってエノテラがいるであろう場所を空から探す。
いくら壁を立てて目立つようにしたからとはいえ、あまり景色の変わらない森の中でそれを探すのはなかなか難しいことなのであった。





