種族の縄張り
「そういうわけで、混沌領の北部海岸線沿いに半魚人が暮らしてまして、彼らが食い荒らしたり、相討ちになった結果、こちらへその残骸が流れ着く、という流れだったようです」
モンタナのために、昨日よりも海から離れた場所を野営地として、ハルカは仲間たちに状況を説明した。
「はー、そりゃまた厄介な奴らじゃな」
「迷惑な種族だから、普通はそこまで増える前に他の種族と衝突するんだけど……。……ああ、そうか」
少しの間頭を悩ませたイーストンは、手を打ってハルカの方を見た。
「小鬼、大量発生してたよね?」
「……してましたね」
「あれがオークとやり合ってる間に、半魚人だけがどんどん増えちゃったんじゃない? あの種族って、多産で成長も早いから。ただでさえ海側に敵がいなくて増えてたのに、あれのせいでさらに加速したとか。普通は森の中まで入ってきたら、オークや小鬼と本格的に戦いになるはずでしょ?」
小さな枝を手に取ったイーストンは、地面にゴリゴリと簡易的な地図を描いていく。ハルカが魔法で照らしたその図をみんなでのぞき込む。
山脈を越えた場所を縄張りとしていたのが小鬼たち。
その北半分がオーク。
さらにその北の海岸沿いが半魚人たちの領域だ。
境界線を一度消したイーストンは、オークの領域を狭くして線を引き直す。
「元々半魚人が大量発生していたところへ、小鬼まで大量発生。オークがすり潰された結果が今じゃない? しかも面倒なことにこの二つの種族同士は生存圏がかぶってないから、オークだけが割を食った形だね」
「自然と元に戻るのを待ってもいいですが……。この周りに住んでいる種族がどう思っているのかは気になりますね」
「アラクネ、花人、樹人あたりかな? 砂漠まで現れているのなら、ラミアもか」
「……なぁ、お前らってこの〈混沌領〉とかいう場所には住んでないんだろ? それにしては内情に詳しいよな」
コリアが控えめに口を挟んできた。
人を預かっている身だけあって、聞かなくてもいいことは聞かないだけの慎重さを持ち合わせている。
「昔〈混沌領〉を旅した冒険者がいてね」
「ああ、なるほどな。ま、よくわからないし、俺たちは先に寝るから。あとは好きに話してくれよ」
「なんじゃ、わしはまだ聞きたいぞ」
「いいから、さっさと寝るぞ馬鹿」
ごねるアバデアを引きずって少し離れた場所へ移動するコリア。正確には引きずって、というより、全体重で引っ張ろうとするコリアにアバデアが仕方なくついていってやっているような形だったが。
「しっかりしてるよねー、コリアさん」
「コリンとは気が合いそうですよね」
「うん。貿易の話とか聞くの結構楽しいよ」
出かけている間、色々と話を聞かせてもらったらしく、コリンは満足そうにうなずいている。
ハルカはアルベルトをちらりと見たが、特に気にした様子はなさそうだ。
嫉妬とかをしないのは、気にしていないというより二人の信頼関係によるものなんだろうなぁ、とハルカは一人しみじみと思う。
実際のところは、たまには別行動で好きにしたらいいという、熟年夫婦のような気持ちであったけれど、そんなものハルカは知る由もない。
「ほっといてもそのうち元に戻るんじゃね?」
「まぁ、それは多分そうだね」
あまりに数が増えすぎても種としての維持が難しいし、共食いをするような種族だから、一定以上の数にはならないはずだ。
万が一オークが絶滅したりすると大変なことになるのだが、こちらもまぁ、割と多産な種族なので滅多なことはないだろう。
「コリアさんたちは、今日一日で大体この辺りの地形とかは把握したみたいだから、あとは漂着物の問題になってくるね」
「一度拠点までみんな送ってくですよ」
「そうですね……。それからエノテラさんのところへ行くことにしましょう」
「エノテラさん?」
「あ、あちらで知り合いまして……」
さっきまではコリアたちがいたので伏せていた話だった。
経緯を説明していくと、コリンが感心したように言った。
「既に知り合ってたんだ。にしても、すごいね。エノテラさんによれば、花人って休まずにずっと戦えるんでしょ? 半魚人がたくさん襲ってきても返り討ちにできるくらい強いみたいだし」
「……実際花人とか、樹人は強いって聞くよ。寿命も長いし、魔法も使う。特殊な能力として、生き物の判断能力に作用するような香りを、闇魔法と混ぜて使ってきたりもするらしいから」
聞けば聞くほど強そうな種族だ。
明るくのんびりした性格をしていそうだったのが救いである。
「弱点とかないの?」
「移動が遅いことくらいかな。基本的にずっと同じ場所で暮らすから、こちらから出向かなければ接触する機会もないしね」
「なるほどねー。ハルカって出かけるとすぐに変な人と会ってくるよねー」
「何でですかねぇ……」
元の世界では目立たず静かに暮らしていたはずなのに、こちらに来てからはそんなことばかりだ。
「普通は知らないでっかい植物に助けてって言われても助けんからなぁ」
ずっと静かに寝転がっていたエニシが、ぼやくようにハルカに突っ込みを入れる。
それからごろりと転がってきたエニシは、ハルカの太ももに頭をのせ、顔を見上げながら付け足す。
「そのお陰で我もこうして助けられているのだがな」
へらりと笑ったエニシは、初めて出会った時と比べて随分と気の抜けた顔をしていた。
 





