それぞれの見解
「一応確認なんですけど……、根っこを引き抜いて連れていくこととかは可能ですか? できるなら空を飛んで運べるかもしれませんけど……」
「あ、無理ー。引き抜かれると勝手に悲鳴があがっちゃうらしいんだよねー。それ間違って聞くと、生き物はみんな死んじゃうらしいからダメー」
アルラウネってマンドラゴラの仲間なんだなぁ、と、物騒な話からやや現実逃避をしながらハルカは思う。
「えーっと、では、あなたをお家に返してあげるためには、半魚人が来なくなるまで撃退するか、あなたが移動を終えるまで護衛するしかないってことですね」
「あ、別にどこに住んでてもいいんだよねー。あんまりしつこく襲ってくる奴らがいなければそれでいいの。だからお願いできない?」
お願いと言われると引き受けたくなるのがハルカである。こうして普通に会話のできる種族だと分かった以上、どうせなら仲良くやっていきたいのだ。
しかし時間がかかりそうだと、ハルカが腕を組んで考えていると、アルベルトが口を開いた。
「そういえばお前、さっき半魚人食ってたけど、普段何食うの?」
「なんでも? 静かに動かないでいるだけなら、ほとんど土から栄養吸い上げるだけでいいんだけどさー。動いたり喋ったり戦ったりするためには他の栄養がいるんだよね」
「へぇ、人とか食わねぇの?」
「え、攻撃されたりしたら食べるかもだけど?」
「まぁ、そりゃそうか。俺だって殺されそうになったら殺すもんな」
二人の間では話が成立しているようだったが、ハルカとしては聞き捨てならない。
「人、食べたことあります?」
「私はないけど? 私のおばあちゃんとかは、攻撃されたから戦ったことあるって言ってたかもー。食べたかは知らない。あ、コボルトなら捕まえたことあるけれど、なんかかわいそうだったから逃がしてあげた、優しいっしょ?」
「そですね」
同意を求められてモンタナが雑に同意。
この話を聞くと種族全体の安全度は微妙なところである。主義主張の違いによっては、普通に人が来たら捕食する個体もいそうだ。
ただエノテラが特別物分かりがいいだけの個体である可能性がある。
それにしてもさっきからずっと壁の外側が騒がしい。ガンガンと壁を叩いたり奇声を上げたりと、半魚人たちは忙しそうだ。
はっきり言ってエノテラの見た目は巨大な植物で、食べたところで動物性のタンパク質が摂れそうには思えない。
「半魚人は、なんであんなにしつこいんでしょう?」
「んー、私たちって、お腹が減ると動物がいい匂いだって思う匂いを発するんだよね。それで獲物を引き寄せて捕食するの。そのせいで私、美味しいものだって覚えられたのかも! うけるー」
それで半年も追いかけ回されているはずなのに、エノテラは随分と余裕そうである。
「夜とか襲われなかったです?」
実力が気になったらしいモンタナが尋ねると、エノテラはケラケラと笑いながら答える
「もうね、昼も夜も襲われっぱなしー。超情熱的!」
「……大変だったのでは?」
「そー、もう毎日毎日うんざりしちゃってー。流石の私も面倒くさくなっちゃって、助けてーって言ったってわけ」
つまり相手をし続けること自体は、それほど難しいことではなかったということになる。
「もしかして、エノテラさんって強いですか?」
「え? もしかしなくても強いし。でもー、いっぱい蹴散らしてもすぐに増援が来るから、無駄だーって分かっちゃったんだよね。そしたらやる気出ないじゃん? だからちょっとずつ移動しながら相手してたってわけ」
「お前寝ないのか?」
新たに出会ったへんてこな生き物にようやく興味が出てきたらしいレジーナが質問すると、エノテラはやっぱりケラケラと笑った。
「知ってる! 寝るってあれでしょ、なんかすっごい油断した状態になるやつ?」
曖昧だけれど、アルラウネは寝ないと判断していい答えだった。
つまりゆっくりと移動しながら二十四時間戦闘をし続けられる生き物というわけになる。これは生物として相当強い。
「それで、移動の間守ってくれる?」
「……一度仲間の元へ帰って、戻ってきてからでもいいですか? 今すぐにお手伝いをするとなると、ちょっと時間がかかりそうなので」
「いいよいいよー。この状態ならしばらく何にも襲ってきそうにないし。ご飯はいっぱい地面に落ちてるしー。早く仲間のところ行って戻ってきてよ!」
「あ、じゃあはい、そういうことで。数日中には戻ってきますので」
「りょー、おねがぁい」
次はコリンを連れてこよう。
ハルカがそう思ったのは、なんとなく彼女と話が合うんじゃないかと思ったからだ。
障壁に乗って空に飛び立つと、壁の周りにはわらわらと半魚人が集まってきていた。やはりエノテラが独力であの包囲から脱出するのは難しそうだ。
エノテラがハエトリソウのような蔓をふりふりと振っていたから、ハルカも手を振ってその場から離れる。
そうして十分に上空へ戻ってきたところで、アルベルトたちがようやく武器をしまった。
「……あいつ強そうだったな」
「そですね。最後まで防御姿勢崩さなかったです」
「……あの、それはどういう?」
尋ねたハルカを、レジーナがジロリと睨む。
「ずっと臨戦態勢だった」
「エノテラさんがですか?」
「蕾の中、見せなかったです。蔓もずっと出しっぱなしで、いつでも魔法が撃てるように他の蔓に魔素溜めてたです」
「……油断したら攻撃されていたということでしょうか?」
呑気に話していたハルカが表情を引き攣らせると、アルベルトが首を横に振った。
「いや、あいつも警戒してただけじゃね? だって、冒険者に酷い目に遭わされたんだろ?」
「お母さんが、ですよね?」
「ママ、のとこだけ嘘っぽかったです」
「ハルカはあいつの方見てたから、モンタナが合図したの気付かなかっただろ」
「そういう時は、どこかで教えていただけると」
モンタナとアルベルトは顔を見合わせる。
アルベルトは頭をかき、モンタナは目を逸らしながら尻尾を前にやって毛先をいじる。
「変に警戒しない方が良いかと思ったです」
「だよな?」
以心伝心している二人に肩を落とすハルカだったが、レジーナだけは腕を組んで胸を張って言い放つ。
「あたしはあのまま戦いになってもよかったから黙ってた」
「正直な申告ありがとうございます……」
とりあえず早く戻って、残った仲間たちに話を聞いてもらおうと、ハルカは山に向かってまっすぐに障壁を走らせることにした。





