花人
泉を凍らせたところで分かったことは、泉の向こうからもばらばらと半魚人たちがやってきているということだった。水に飛び込もうとして頭をぶつけたり、つるつると滑って転んでいる。
増援をこれ以上増やさないようにするために、ハルカは金属製の壁を生成し、上から泉と蕾を囲うようにして落としていく。地響きと共に間仕切りが作られていくのに驚いたのか、蕾の中からは悲鳴が聞こえてきた。
ぐるりと囲ってしまえば、これ以上半魚人は入ってこない。
地上では三人が次々と襲い掛かってくる半魚人たちを返り討ちにしていた。
重量武器を持つ二人が時折地面をたたくたび、蕾からは「ちょっと!」「やめなさいよ!」と非難の声が上がるが、二人はまるで気にしない。二人とも、なぜやめろと言われているのかわからないのにやめるようなお人好しではない。
何せはぜる土と共に半魚人たちもバランスを崩すので、ひと息に眼前の敵を始末するのに便利なのだ。
モンタナはするりするりと間を縫って首をはねて回っているので、こちらは静かでスマートな戦いである。
どこか危ない場面があればフォローにまわろうという、至極真っ当な魔法使いとしての思考で見守っていたハルカの出番は、結局回ってこなかった。
三人とも、数十体の半魚人に後れを取るようなことはない。
そうして残ったのが中心部にどどんとそびえる蕾だけになったところで、三人ともが武器を収めることをせずにそれを囲んだ。
ハルカも障壁は解除して、自力で空を飛びながら、先ほど半魚人を捕食していた蔓を警戒する。ハエトリグサのようなそれからは、すでに捕まった半魚人の声はしなくなっていた。
「あー、助かった」
声がするのはやはり蕾の中からだった。
ハルカが本から得た知識によれば、おそらくこれは破壊者の種族の一つであるアルラウネだ。
意思の疎通ができるからと言って、安全な種族であるとは限らない。
少なくとも、半魚人よりは会話の余地があるのは確かだが。
「え、ていうか空にいたからガルーダとかかと思ったら、何? 人? わ、珍しい! 私初めて見たかもー」
ずいぶん軽い口調だ。
どうにも警戒心がそがれるなぁ、と思うハルカに対して、地上の三人は相変わらず武器を構えたままだ。ハルカが交渉をするのを待っている状態なので、いつまでも黙って話を聞いているわけにはいかない。
「どうも、冒険者のハルカです。ええと、先ほどは災難でしたね」
「え? 冒険者ってあれでしょ? めっちゃ強いやつ。知ってる知ってる、私のママが、昔通りすがった冒険者にちょっかいかけたら酷い目に遭ったって言ってた」
ワードチョイスが若者的で、ちょっとばかり頭がぐらぐらとしてきたハルカである。ダメージを受けている間に、推定彼女はさらに言葉を続けた。
「もうさー、ここ半年くらいずーっとああやって、半魚人に追いかけられてたの。こんな内陸までくるとか勘弁だよねー。興味本位で見に行くんじゃなかったよ、ホント。だからありがとね? でも地面叩くのは止めよ、根っこが傷ついたら痛いからさー」
「根っこですか?」
「あ、そうそう、私ね、花人のエノテラっていうの。だから地面に根っこがいっぱい伸びてるんだよね」
レジーナとモンタナがじっと地面を見ている間に、アルベルトが大剣の先端で地面をほじくり出す。
「ちょっとちょっと、何してんの!?」
「あ? 根っこ見ようと思って」
「ちょっとやめてってば。人に見せるようなものじゃないんだから」
アルベルトは複雑な表情で一時的に手を止める。
根っこなんて見たところで何とも思わないけれど、照れたような言い方をされると悪いことをしているような気分になったからだ。
敵になるかもしれないから、安全そうなうちに色々観察しておきたかっただけで、それ以外の気持ちはちょっとした興味本位くらいしかなかった。
「ていうか、お前どこから見てんの?」
「ここだけど」
ハエトリグサのような蔓が下りてくると、そこに触角のようなものが伸びていて、先端に丸いものがついている。
「は? なんだこれ」
アルベルトが観察している横から、レジーナが無造作に手を伸ばし握ろうとすると、エノテラが「ちょっと!」と声を上げて触角が引っ込んだ。
「急に触らないでよ!」
「きも」
「カタツムリかよ」
一言酷いことを言ったのがレジーナで、皆が思っていたことを口にしてしまったのがアルベルトだ。
どちらも人としてデリカシーが足りない。故に場に沈黙が訪れた。
とりあえず沈黙の前の言葉はなかったことにして、ハルカが仕切り直す。
「あの、すみません。一応周りの半魚人は倒しましたけど……、壁の向こうにはまだ残っています。逃げることって可能ですか?」
「えー、無理……。どこまで逃げれば追ってこなくなるのかわかんないし。私移動するのめっちゃ遅いんだよね」
「どれくらいの速度です?」
「えー……頑張っても一日で見える範囲くらい?」
「やっぱカタツムリじゃねぇか」
「…………あの、アルはちょっと静かにしててもらってもいいですか?」
いちいち沈黙が挟まれては話が進まない。
コリンさえいれば頭をひっぱたいて黙らせているところなのだが、やはり二手に分かれるとこういった弊害が出てくるのであった。





