嫌な臭い
話をまとめてみると、いよいよ女誑しの人柄が碌でもないものであることがはっきりしたのだが、最後の事件に関してだけは、評価が少しばかり難しい。
彼はあの街でも暮らしていくための一手を打っただけだし、そのためにハルカの名前を利用することは、まぁ、いいとは言えないが、非難されるほどの悪ではなかっただろう。
運が悪かったのは、あの街においてハルカが良い意味でも悪い意味でも有名人であったというだけである。
結果十一人の命を助け、悪をくじき、国の貴族による陰謀を暴くきっかけになろうとしているわけだ。
バタフライエフェクトの典型的な例である。
「よくもまぁ本当に、少し離れただけで色々と起こるものだね」
「なんでこうなるんでしょうねぇ」
「それだけハルカさんたちに影響力があるってことでしょ。自分たちが思っているよりあちこちに目があるんだから振る舞いは気をつけたほうがいいよ」
「そうですね……」
「例えば、カーミラなんかはあまり街に連れていかないほうがいい。あれで僕の父親級の吸血鬼なんだから。容姿も行動も、疑おうと思えば吸血鬼と疑えてしまうし」
白い肌の美女。目は赤く、日を嫌う。
確かにそれだけで疑うきっかけくらいにはなるだろう。
あの無邪気な様子から恐ろしい破壊者を連想する人がいるともハルカには思えないけれど、イーストンが言うのならばそういうこともあるのだろうと納得する。
「イースさんも初めから割と自然体でしたよね?」
「僕は旅人だったからね。短い期間で何度も同じ街を訪ねたりしないから、バレにくいんだよ。カーミラの場合は注目を集めているし、街をよくうろつくでしょ? 仲のいい人が増えるほど危ないよ」
「……仕方ないですね」
「ましてや今はオラクル教の騎士がいる」
〈混沌領〉の調査に乗り出したい一派は、きっとハルカたちの弱みを探ろうとするだろう。悪どいことはしないだろうと、最低限の信を置くとしても、カーミラの件についてはバレては弁解のしようがない。
下手をすれば〈混沌領〉の話の前に、【竜の庭】対オラクル教、なんてことになりかねないのだ。もしカーミラを引き渡せと言われた場合、ハルカがそれを承諾することはまずない。
だからこそ、イーストンは街の危うい状況を聞いてハルカに注意を促した。
「ま、僕もだし、エニシだって正体がバレていいことはないし。街の拠点はよく考えて使ったほうがいいね」
色々と嫌な想像を膨らませたハルカは、イーストンの話に黙って頷いた。
あたりが薄暗くなってきた頃、アルベルトが戻ってきた。少し離れたところにモンタナが渋い顔をして立っている。
「ハルカ! モンタナが海辺で寝泊まりは嫌だってよ。こっちに薪集めたから来てくれよ」
「あ、はーい」
やはり匂いが気になるのかと、すんと鼻を鳴らしてみると、確かにほんのりと何かの腐ったような匂いがする。
先程まで何も感じなかったのに、と首を傾げながらハルカは廃屋の間を歩いて海から離れていく。
火をつけて、コリンが料理するためのかまどを準備している間に、最初にレジーナが、遅れてドワーフたちが続々と戻ってきた。
最後尾にコリンとリョーガが並んでやってきて、これで全員である。
モンタナはナギに指示して海風を遮るように寝そべってもらい、そのすぐ近くでのんびりとしている。腐敗臭がますますひどくなっているようだ。
耳も尻尾も垂れていてあまり元気がない。
食事が始まっても耳が垂れたままのモンタナを見て、コリンが思い出したように海の方を見た。
「なんかさー、暗くなるにつれて、確かに変な臭いし始めたよね?」
「そうでござるな。まるで戦場の跡地のような……。モンタナ殿の言う通り、これは腐敗臭でござる」
「しかし、なんでそれが強くなっているんでしょう? 近くにアンデッドでもいるんでしょうか?」
ハルカたちが話し合っていると、口の端に食べかすをつけたコリアが話に混ざる。
「あれは海からの臭いだ。時間で潮の流れが変わって、何か流れてきたんじゃないのか?」
「ああ、なるほど……。食事が終わったらちょっと見に行きましょうか」
「そうだね」
同意したのはイーストン。
口にものをいっぱい詰め込んだまま、おそらく同行を告げたのがアルベルト。
海をジロリと睨んだレジーナも、きっと一緒に行くことだろう。
「じゃ、私留守番」
「留守番するです」
「では拙者も」
行きたいなーという顔をしているユーリだったが。ハルカはそれに気づくと、頭を撫でて諭す。
「暗いところで見失うと心配なので、今回はお留守番をお願いします」
「わかった」
こくりと頷くが少しばかり残念なユーリだ。
それからハルカが一応チラリとエニシを見ると、エニシは胸を反らせて堂々とした表情で言い放つ。
「留守は任せておくといい」
「はい、お願いします」
そんなわけで、食事を終えた一行は、ナギを横たわらせたまま、その体をぐるりと迂回して海へと向かう。
何が出るかわからないこともあって、ハルカは海へ向かう道に沿って街灯のように光の玉を浮かべた。
「確かに臭ぇな。さっきより臭い」
表情が少しばかり険しくなったのはアルベルトだけではない。さっきよりも遥かに濃い腐敗臭が海から吹きつけており、ハルカも顔を顰めた。
「何かあっては困るので、きちんと調査しておきましょう」
「そうだね。放置する気にはなれないよ」
あまり気は進まないながらも、ハルカたちは口で呼吸をしたり、布で鼻を押さえたりしながら、着実に海へと近づいていくのであった。
地図がわからんって方はep368 作戦開始(下部に地図あり)をご覧ください





