ドワーフの恩返し
「恩を返したい」
総勢十一名が改まってずらりと並び、アバデアが真面目な顔で申し出てきた。
朝食後、ナギがのんびり過ごす庭での日向ぼっこの最中のことである。
「恩を返すと言いましても……、王国から依頼としてお金もいただいてますから」
「それは、わしらを国へ送ってくれる依頼だ。わしらは、あの穴蔵から助けてもらった礼をまだしておらん。違うか?」
「……違いませんが……。ザクソンさんから提示された報酬はそのことも含めての額だと思います」
「わしらの受けた恩を勝手に肩代わりなんぞされたくない! そうじゃな、皆の衆!」
ここにきて頑ななアバデアとドワーフたちである。コリアだけはあまりこの話には乗り気でないようであるが、仲間内ではすでに話が済んでいるようだ。
「聞くだけ聞いてやりゃあいいじゃんか」
口を挟んだのは、モンタナとレジーナの立ち合いを眺めているアルベルトである。
昼間っから本気でやると街の人にドン引きされるので、通り側にはナギが横たわって目隠しをしている。
「……わかりました。しかし恩返しといっても……」
ハルカの了承にニッカリと笑ったのはアバデアだ。
「うむ! ではお主らの本拠点に一番近い海へ連れていってくれ。聞けばこの街は木材も豊富なのだろう? せっかく海が近いのじゃから、港じゃ、船じゃ! わしらは船大工、そして無口なこいつ、コリアの弟のキーグは、港の設計ができるんじゃ!」
アバデアは前髪で目元が隠れている以外は、コリアにそっくりな小人、と肩を組んで宣言をした。本人も口こそ開かないが大きく頷いて同意している。
「さぁやるぞ! せっかくのいい港候補に良い材木がたくさんあるんじゃ、腕がなる! なぁ、キーグ!」
「勝手に話進めるなよ、迷惑だろ」
「うっさいわい。わしらはやると決めたんだ、お主は黙って飯食って屁でもこいとれ!」
「髭全部抜いてやろうか、この野郎!」
「貧弱じゃなぁ、痛くも痒くもないわい」
アバデアの髭にぶら下がるように掴み掛かったコリアだったが、毛根がしっかりしているのか、まるで応えたようすはない。
コリアは髭を引っ張りながら振り返る。
「ハルカ! 迷惑なら断れよ! こいつら久しぶりに外に出れたから船関係の仕事がしたいだけなんだ!」
「船、ですか」
そういえばノーマーシーにも船が欲しいと考えていたところだ。ハルカの呟きにコリンも反応して身を寄せる。
「いい機会じゃん。一旦近くの海見てもらってさ、腕が確かなら依頼してあっちの船も作ってもらおうよ」
「……早く国へ返してあげたいんですが」
「ま、それもそっか……。ね、アバデアさん。船つくったり港設計したりしてると、帰るの遅くなるでしょ? ちょっと厳しくない?」
アバデアはまるで動じない。
ニンマリと笑い腰に手を当て答える。
「途中までやって国に帰ったら、戻ってきてまた再開するに決まってるじゃろ。このナギに乗せてもらえれば、ほんの一週間もあれば【ロギュルカニス】へ行けると聞いたぞ?」
髭から手を離したコリアがため息をついた。
「馬鹿、お前。流石に十頭に怒られるだろ」
「そっちの相手はお主の仕事じゃろがい」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
「それとも何か? コリアは恩返しもせんで気が済むのか? 違うじゃろうが」
むむむと唸ったコリアはついに肩を落として諦める。一度決めると曲げないのはこのドワーフたちの長所であり短所だ。
それも今回は危険の伴うものではなく、正当な理由のある恩返しである。
「……わかった、わかったわかった! 好きなようにしろよ! 国の方は俺がなんとかしてやる」
ドワーフたちからはわっと歓声が上がったが、勝手に話がどんどんすすんでいくのに、ハルカは目を白黒させた。
「あの、国元で問題が起きるようでしたら、あまり無理をしない方が」
「あー、無駄無駄、もう決めたんだから。断るんなら最初から迷惑だってビシって言わないと。そういうわけだから、そっちに迷惑じゃなきゃやらせてやってよ」
「……では、せめて体が元気になってから」
「いや、できるだけ早くがいい。飯を食って陽の光に当たったならば、適度に動いた方がいいんじゃ。小人族はともかく、ドワーフは体が丈夫にできておる。動いとらんと体がなまっちまう」
そう言って叩いたアバデアの腕は細かったが、確かに早くも張りがでて、血色を取り戻しているようであった。
「無理せずにいきましょう。資材が必要なら……」
ちらりとコリンを見ると、コリンが話を引き継ぐ。
「必要な資材とかの代金はこっちで持つから、皆さんには腕を振るってもらうってことでいい?」
「高い材木使ってもいいじゃろか?」
「一応都度確認するけどね。でもその前に、街に確認とるから。本気で港作るつもりなら、使いたい商人たくさんいるだろうし」
「おうおう、これは責任重大じゃな。楽しい話になってきたぞ。せっかく生きて外へ出れたんじゃ。良い仕事するぞ、皆の衆!」
ドワーフたちの威勢のいい掛け声が庭に響き、大通りからなんだなんだと覗き込むものも出てきた。『なぁに?』と首を伸ばして対応するナギに驚いてみんな逃げていってしまったが。
いつの間にやら大きな話になってきた。
流されるままに色々決まっていく様に、ハルカはついていくだけで精一杯であった。





