ドワーフたちの楽しい空の旅
話が決まったからにはさっさと王国から離れてしまった方がいい、と提案してくれたのはザクソンだった。翌日朝までには依頼票を用意し、前払い金まで持ってくる用意周到ぶりである。
昨日死にたいと言って意気消沈していた状態からは、すぐに立ち直ったようだ。
最後までまったくもってその件に触れようとしなかったことから、記憶に蓋をしただけの可能性もあるが。
約束は、【ロギュルカニス】へ向かう前に竜便で連絡を入れることくらいで、面倒な契約も特にない。差し迫った脅威もないため、ハルカたちにとっては比較的気楽な依頼である。
普通に考えれば王国貴族からの妨害などもあり得るので面倒ごとなのだが、空を飛んで消えてしまうから追いかけるのも難しいのだ。
気づいて襲撃をする頃にはそこにいない可能性の方が高い。
ドワーフたちには伝えていないけれど、ザクソンの想定によれば黒幕は王国西部で富を蓄えている伯爵のうちの誰かだ。
すぐに情報が伝わらないように残党処理にもかなり力を入れているので、そちらへドワーフたちの救出話が伝わるとしても、ザクソンがエリザヴェータに話を伝え、それが王国の議題に上がってからのことになるだろう。
つまり一年近くの猶予はある。
「おっほほ!」
ナギの上で奇声を上げて喜んでいるのはドワーフたちの数人だ。
彼らは元々【ロギュルカニス】の中でも、外の世界と積極的に交流しようという好奇心旺盛な人たちである。風を切って空を行くナギの上は、その好奇心を十分に満たすものであったようで、障壁にへばりついて飛んでいく景色を眺めていた。
アバデアもその一員であり、コリアはそんな様子を腕を組んでジト目で見つめていた。すでにかれこれそうして数時間たっているので、ハルカたちは何も気にしていなかった。
「やかましくて悪いね」
のんびりと座っているハルカたちのもとへやってきたコリアは、ため息をついて座りながら謝罪する。
「いいえ。楽しそうで何よりです。怖がる方も多いので」
「そりゃありがたい。あいつらいい奴らだし腕も立つけど、ちょっと頭のネジが飛んでるんだ。もっともそんな奴じゃなきゃ、うちの国で貿易船に乗ろうなんて思わないけどな」
「仲がいいんですね」
「そりゃあな。アバデアとは幼馴染だ。しっかりしてそうだろ? でもあいつ、放っとくとどこまでもふらふら飛んでいくからな。あいつの母親によく見ててやってくれって頼まれてんだ」
幼馴染と聞いて、ハルカの頭はまた混乱する。
確かに接する態度は対等な感じがあった。
「……おいくつか伺っても?」
「俺? 三十八で、あいつと同い年。あんたこそいくつなんだよ」
「あ、私二十歳……になったような気がします」
「噓だろお前、もうちょっと年上だと思ってたぞ!?」
「あ、ありがとうございます」
二十歳くらいでも普通の女性にそんなことを言っては、嫌われるかどうかの瀬戸際である。ハルカの場合は珍しく年上に見られたことで、腹が立つどころかちょっとだけご機嫌だ。
まぁ、エルフもダークエルフも、ハルカくらいの見た目のまま数百年生きる種族なので、年齢を当てるのは相当に難しい。
「お前らの方が無茶苦茶だぞ。ユーリは三歳だとかぬかすし、モンタナも十九なんだろ? 今から行く拠点にもそんな奴いるのか?」
「あー……、私の師匠がモンタナよりも年下のように見えますけど、実際はまぁ、かなりです」
「ま、俺たち小人族とかドワーフ族も、見た目はあまり変わらないからな」
「そうじゃな。こいつなんて初恋がわしの母親じゃしな。それでいまだに儂の世話をしてくれてんじゃから、母御には感謝感謝じゃ」
「アバデアぁ! ぶん殴るぞ!」
跳ねるように立ち上がり、ボディに一発入れたコリアだったが、アバデアは痒そうに腹をぼりぼりとかいただけである。
なるほど、複雑な事情があったらしい。
愉快な旅を数日過ごしたハルカたちは、途中から海を突っ切り街へ向かう。
やがて拠点の端の方へたどり着いたころ、相変わらず下界を見下ろして楽しんでいたアバデアが声を上げた。
「ほう、こりゃあ港を作ったら面白そうな場所じゃなぁ」
ちょうど拠点から一番近く。
空から見ると陸地に食い込むように海が浸食しているのがわかる。
「ちょいと地図を見せてくれんか」
請われて広げた地図に、アバデアが指を走らせる。
「ほれ、わしらが捕まってた街があるじゃろ? ここと、このなんじゃ? 〈混沌領〉? とか言う場所と、この端っこ、お主らの拠点があるのか? この辺りを繋げると、狭まった海の中で交易ができる。特筆すべきは最初の二つの港の行き来がめちゃくちゃに良くなるところじゃな。空を行くあんたらにはあまり関係がないが、陸路で半月以上かかるような距離を数日に短縮できるってわけじゃ。 船影はないようじゃったが、今のところ港はないんじゃろか?」
地図を見比べてみると、確かに便利そうな立地である。
かつては交易があったかもしれないと考えれば、〈ノーマーシー〉のように遺跡があってもおかしくないだろう。
「港は、ありませんね。実は〈混沌領〉は破壊者が住んでいるので、人の手が入っていないんです」
「ほー……? 一度見に行ってみたいもんじゃがな」
破壊者と聞いて片方の眉を上げたアバデアだったが、じろりとコリアに睨まれて意見を穏やかなものに変えた。
本当は実地調査をしたいところだったが、ハルカたちに世話になっている以上あまりわがままも言えない。
そんなアバデアの表情を、モンタナはちらりと見ていたが、誰も気にしたりはしなかった。





