駄目な部分
部屋へ戻ったコリアは、さっそく待っていたドワーフたちにこれからの予定を話して聞かせた。途中で茶々を入れられ、怒鳴り散らしながらも最後まで説明を続けるのは、これが彼らのいつものやり取りだからなのだろう。
部屋は相変わらず食べ物と酒がたっぷりと用意されており、ドワーフたちはこれまでのひもじい暮らしから、日常を取り戻すかのように飲んで食べて飲んで飲んで過ごしている。
ドワーフが酒に強いのはどうやらどこも同じらしい。
とはいえ普通であれば病院食からスタートのところを、楽しく飲み食いできるのはハルカが治癒魔法を施したおかげである。
もう何度目になるかもわからない、ハルカに乾杯の音頭が響いた後、ドワーフたちはいつ終わるかわからない酒宴を続けた。
そんな部屋の中にひっそりと紛れ込んでいるのはザクソンだ。
床に座り込んで酒杯を傾ける姿は全く似合っていなかったけれど、どうやらなかなかいける口のようだ。
いつの間にやら違和感もなくなったところで、ザクソンはハルカにさりげなく話しかける。
「歓迎をするつもりが、またご迷惑をかけることになってしまいました。ただただ申し訳なく」
「いえ、見つけたのは私たちです」
「このような事態を見過ごしたのは我々です」
またきりのない問答が続くなと察したハルカは、ふっと笑って「お互い様ということで」とこの話を切り上げた。
お互いにもっと話したいことはあるはずだ。
「普段からお酒を飲まれるんですか?」
「いえ、飲みません」
ごくりと喉を鳴らした後に返ってくる答えではない。
大丈夫なのだろうかと不安がるハルカだったが、しっかりとした大人であるはずのザクソンにあれこれ注意するのは少しばかり気が引けた。
「今日はその、どうしてこちらに混ざろうと?」
「歓迎すると申し上げたのに、このような事態になってしまったことが申し訳なく、せめてその意思を示させていただこうと」
真面目過ぎるのも考えものだ。
変な奴だと言われたばかりのハルカは、ここまでくるとザクソンもかなり変な奴に分類されるのではないかと思い始めていた。
「実際、この件でザクソンさんが失脚する可能性はないのですか?」
「正直に申し上げますと、高確率であり得ます」
滅私奉公が過ぎる。
聞けば聞くほど駄目そうに思えてくるのは、おそらくザクソンが見た目が変わらないまま、酷く酔っぱらっているからだろう。
「そうならないために、何かお手伝いできることは?」
この忠臣に何かしてやれることはないかとハルカが問いかけると、一気にジョッキをあおったザクソンが、床にそれを叩きつけて息を吐いた。大きな音が出たけれど、あちこちで似たような音が鳴っているおかげで誰も注目はしてこない。
もうやめたほうがいいのではという言葉は、ハルカの口から出てこなかった。
すでに手遅れの予感しかしない。
「……ハルカ様。これは秘密にしていただきたいのですが、実は私、失脚も悪くないかと思っておりまして」
「どういうことです?」
「ハルカ様はご存じかと思いますが、私はもともと、育ちの悪い下町生まれです。陛下に拾われたことで、生きる意味を見出したのですよ」
「それがどうして、失脚も悪くないとなるんです?」
話の先が読めずに首をかしげるばかりだ。
ふふっと脈絡もなく笑って話し始めたザクソンはいよいよ末期だろう。
「私は、陛下に仕えているのであって、国に仕えているわけではないということです。陛下にはもとより、適当なところで致命的でない失敗をして戻ってこいと言われております、と言えばご理解いただけるでしょうか」
ハルカはしばし考えてみるが、あまりご理解はできなかったようだった。
滅私奉公という感覚は、現代社会を生きてきたハルカが理解するには難しい。
こちらへ来てから多く触れ合ってきた冒険者とも、相性の悪い考えだろう。
「そうですね、結局のところ私は陛下の横にいたいだけなのです。遠くで身分を得るより、他の幸せを探すより、陛下のために命を懸けることが私の幸せなのですよ。もちろん、死にたいわけではありません。理想は陛下の偉業を最後まで見届けることですが」
「なるほど……? リーサも、ザクソンさんにそれを望んでいるんでしょうか」
これがカリスマなのだろうかと思いつつ、浮かんできた疑問をそのまま投げかける。
ザクソンはハルカと同じように首を傾げ「どうですかね」と笑った。
「きっと、私のために生きよ、というでしょう。私にとってそれは、陛下のために死ぬと同義です」
「どことなく、すれ違いがある気がします」
「あるかもしれませんね。多分この気持ちは恋のようなものなんでしょう」
急に話が飛躍してハルカは目を丸くする。
お堅い性格をしていると思っていたザクソンの口から、そんな言葉が飛び出してくるとは思っても見なかった。
「愛は双方向、恋は一方通行と聞きます。私のように陛下に恋するものはたくさんいます。面倒くさい私たちを、陛下は叱り飛ばしながらも、仕方がないと受け入れてくださる。何とお優しいことか」
もうここまでくるとさっぱり理解できない領域だった。
なにをどうしたらこんなことになってしまうのか、エリザヴェータが子供の頃にした行動を調べてレポートにまとめてみたいくらいだ。
「なんというか、その、ザクソンさんは結構情熱的なところがあるのですね」
これが、ハルカがようやく絞り出せた言葉だった。
酔っ払いのザクソンが再び、ふふふと笑う。
嫌な流れになりそうだなぁとハルカが覚悟をしていると、案の定ザクソンのエリザヴェータ話がまた始まってしまった。
「陛下は小さな頃、意外とそういった書物がお好きだったんですよ。読んだ物語を学のない私たちにも分かりやすくまとめて聞かせてくださいました。もし私が情熱的なのだとしたら、それもまた、陛下の影響なのでしょうね」
多分そろそろ口をつぐんだ方がいい。
それか、早急に酔いを覚ますべきだ。
「ザクソンさん、あの、治癒魔法を使ってもいいですか?」
「……なぜでしょう? 今非常に気分がいいのですが」
駄目そうだ。
酔いがさめたら二度と酒を飲まないよう言い含めようと決めて、ハルカは承諾を得ないまま、ザクソンに治癒魔法を施すのであった。





