ナギちゃんも混ざりたい
「どうやら俺が思っていたよりも重要人物みたいだ。もうちょっと偉そうにしてもらいたいもんだけどな」
コリアがため息をつきながらハルカを横目で見ると、ザクソンが頷く。
「そこがハルカ様の良いところでもあります」
一応のフォローであるが、悪いところでもあるのは言うまでもない。
きちんと身分を名乗るようになっただけ成長しているのだけれど、そんな事情はコリアからすれば知ったことではなかった。
「ハルカ様にお願いがございます。聞いていただけますか?」
「とりあえず聞くだけなら……」
ハルカもなんとなく何をお願いされようとしているかわかっていて頷く。
すると案の定ザクソンの口からは想像通りの言葉が飛び出してきた。
「皆さんを護衛し、【ロギュルカニス】へ送り届けていただきたいのです。期限についてはハルカ様と皆さんでご相談いただければ幸いです」
「おいおい、安全を保障するって言って他人に丸投げするのか?」
「お言葉ですが、コリアさん。私はハルカ様の隣以上に安全な場所を知りません」
「……あんたが忠誠心の厚い奴だってのはわかったよ。でもこの……、ハルカに対する信頼はどっから来るんだ」
ハルカも気持ち的にはコリアの味方だ。
あまり信頼され過ぎても窮屈である。
つい小さく頷いてしまうと、コリアから白い目で見られた。
「元公爵が長年計画し、十分な戦力を整えた場を、たった一人で圧倒して制圧したのを見たのです。命を賭して臨んだのが馬鹿らしくなるほど、終始圧倒していました。あぁそうだ、コリアさんはまだ見ていませんでしたね……」
立ち上がったザクソンは、部屋に唯一ついていた窓に手をかける。
ずっとゆらりゆらりと揺れていた影が、ぴたりと止まる。
巨木が風にでも揺れているのかと思っていたコリアとアバデアは首を傾げた。
がらりと開けられた曇りガラスの向こうに現れたのは巨大な目玉。
窓を開けたザクソンですら一瞬びくりと体を跳ねさせ、アバデアが息を呑み、コリアにいたっては「ぎゃっ」と驚いて声をあげそうになり、息を呑んで堪えた。
大きな目玉のお化けではない。
ママとお兄ちゃんとお友達の気配を察知して様子を窺っていたナギである。
「な、なんだ、それ」
「あ、うちの子です。ナギという名の大型飛竜ですね。ナギ、少し下がって顔を見せてあげてください」
ハルカの言葉を聞いたナギがずずずっと首を下げると、ようやくその顔の全貌が見える。人を数人まとめて丸呑みできそうな巨大な竜が、素直にじーっと自分たちを見ている姿は、はっきりと脅威であった。
「なるほど……、これが見せてもらった金属板の竜か。【竜の庭】の由来はどこからじゃと考えておったが……」
「あなた方を無事国元へ届けるために、ハルカ様が最適だと考える理由はここにもあります」
「私が把握しているだけでも、【竜の庭】には、他にも中型飛竜が多く暮らしております。……控えめに言っても、竜たちだけで小国に匹敵する戦力があるでしょうね」
「わかった、わかったよ。俺が悪かったってば。それで、あんたは俺たちの護衛をしてくださるんですか? 何の得にもならないから、あまりお勧めしないけど」
「お主の猜疑心は役に立つことが多いが、こういう場合は難儀じゃなぁ。ハルカさんよ、迷惑かけるがわしとしてはぜひあんたに護衛をお願いしたい」
投げやりな態度になったかと思うと、少しお道化た様子でハルカに忠告まで投げてくるコリア。対して素直に頭を下げたのがアバデアだった。性格の違いが如実に表れている。
「依頼料は個人的に、と申し上げたいところですが、無い袖は振れません。今回の事情を陛下にご説明し、必ずや予算を頂いてまいります。即金でお支払いできないことが申し訳ない限りですが」
ザクソンからも依頼としての形を整えられたハルカは、うっと体を少しだけ引いて、仲間たちの方を見た。
ソファに深く腰を下ろし干物をかじっているレジーナからは意見が当然のようになく、ユーリはその肩に寄りかかって眠っている。いったいレジーナに寄りかかって眠れるものが、この世にどれだけいることだろうか。
大物である。
モンタナだけが一応話を聞いていたのか、耳をピクリと動かし顔を上げ、主に言葉を発している三人をじっと見つめてから首肯した。
お好きにどうぞの合図だった。
「すぐに出られるか分かりませんので、少し時間がかかっても良いのであれば……」
「陸路を使えば数カ月かかりかねません。出発まで期間があったとしても、ナギちゃんの背に乗せてもらえるのであれば、十分にそれを補えると思うのですが、いかがでしょうか?」
「俺が言うことじゃないけど、厄介事だよ?」
コリアは、実力はあるようなのにずっとお人好しな言動を繰り返しているハルカがとうとう心配になってきてしまった。一緒にいる仲間たちは子供と目つきの悪い女性と、言葉少なな獣人だ。
誰かまともな奴はいないのかとため息交じりに頭をかいた。
そんな身内びいきで世話好きな性格を、無口な獣人に一目で見抜かれていることに、コリアは気づいていない。
「断って何かあっても嫌ですし……、私たちは冒険者ですから。依頼者も、護衛対象も悪い人でなく、依頼料がいただけるのに断る理由はないかと」
「俺たちが悪くないかなんて……、いや悪くないんだけれど……。なんだ、冒険者ってのはこういうやつらなの?」
「いいえ、ハルカ様が特別変わっています」
「だよねぇ、変だよねぇ、こいつ」
頭を抱えたコリアは、ここにいる人間たちにある程度心を許したのか、いつの間にか最初にハルカと話したときのような雰囲気に戻っていた。
依頼を受けると言ったのになぜか変な奴扱いされているハルカは、それでもやっぱり怒ることもなく、困った顔をしているだけだった。





