重たい置き物
ザクソンはドワーフたちの代表と、ハルカたちを部屋に呼び出し話し合いの場を設けることにした。部屋は広くないけれど、壁が厚く、外には音が漏れないように作られている。
「お集まりいただきありがとうございます。まずは腹を割っての話をするべく、最低限の方々にお声をかけさせていただきました。この場では作法など気にすることなくお話しいただければ幸いです」
ザクソンの丁寧な挨拶から始まった話し合いは、お腹いっぱいで少し眠たいユーリや、退屈そうなレジーナに十分配慮されたものであった。
部屋の端にはソファが置かれ、テーブルは比較的小さい。
作りとしては、ハルカが初めてエリザヴェータに招かれた部屋によく似ていた。
ザクソンが敬愛すべき主を見習って作らせた、こういう時専用の部屋である。
「私は【ディセント王国】にて子爵位を賜っております、ザクソンと申します。陛下の代わりに、この街の再開発のかじ取りを任されております」
「つまり俺たちが攫われ、地下で働かせられ、仲間を失ったのはあんたのせいってことでいい?」
ずばりと歯に衣着せぬ言葉を突き刺しに行ったのは、小人族のコリアだった。
先ほどハルカと話していた時と比べると、随分と口調が冷え切っている。
あの時点では生意気な子供といった雰囲気であったが、それでもユーリに慮って相当遠慮してくれていたことをハルカは理解した。
「助けが遅れたことや、治安の維持が至らなかったことに関して言えば、我々の責任もあるでしょう」
「へぇ、認めるってこと?」
「この痛ましい事件を、我々も憤懣やるかたなく思っております。我らの陛下は、全ての種族が等しく心穏やかに暮らせる国を作るため、日々尽力しております。あなたがたが望むのであれば、無事国元へ帰るため、できる限りの支援をさせていただくと約束しましょう。そしてその道中における、身の安全は、私ザクソンが保障いたします」
「他人事じゃな」
「いいえ、できる限りの支援を、と申し上げております」
ザクソンとしては全ての責任を取るわけにはいかない。
この街で強制労働させられて、命を落とすものまでいたことは、この街の治安の悪さによって起こったことである。よってその賠償をする、というところまでが譲れる限界だ。
彼らを誘拐した何某のことまでは、流石に責任が取れない。
それを王国の組織ぐるみであると認めることによって生じる国同士の軋轢は、ザクソンの手に負えるところではないからだ。
逆に言えば、ザクソンは自分のできる限り、というか、少し足が出ている範囲まで、初めから譲歩していた。
望むなら国に帰す。
まずこれが他の貴族領主であれば渋ることである。何せ帰ってしまえば、【ロギュルカニス】にことの顛末を全て知られてしまう。
このせいで貿易に支障が出るようなことになれば、それは咎として責め立てられることは必然であった。
そして極め付きは道中の安全保障だ。
ハルカの聞いている前でこれを約束したということは、その時点で街を出たところでぶすり、という一番手っ取り早い手段を放棄したということである。
もう少しシビアなやり取りがされるであろうと考えていたコリアは、予想外の展開に黙り込んだ。
強気に出たのははったりのようなもので、できるだけいい条件を引き出すための博打でしかなかったのだ。
しかし、おそらく引き出せるであろう最高の条件を、はじめから相手が提示してくれている。
この先の交渉プランがガラガラと崩れ落ちてしまった。それとともに、コリアが元来もっている、人は信用できないという価値観がわずかに揺らぐ。
一体こいつはどんな企みをしているのか。
この約束をすることで、ザクソンにどんなメリットがあるのか。それを図ることができずにいた。
「ま、わしは無事に国へ帰れるというのならば、それ以上何も言うことはないんじゃがな。コリアはどうなんじゃ?」
「……腹を割って話すんだったっけ?」
「ええそのつもりです」
コリアは先ほどから態度の変わらないザクソンをじっと見つめてから、椅子の背もたれに体を預けて腕を組んだ。
「俺たちにこれだけ譲歩する理由がわからない。だから信用ならない。こうすることにした背景の説明が欲しい」
「ハルカ様と我々の関係はご存知ですか?」
急に名前を出されたハルカは、何事かと思いながらも黙って様子を窺う。コリアの厳しい詰問の間に、安易に口を挟む気にはなれない。
「ハルカ様?」
一方でコリアはこの街の領主のようなものであるザクソンが、ハルカに敬称をつけている意味がわからない。
コリアは冒険者について詳しくないけれど、一般的には、冒険者が領主より偉いはずがないという認識がある。
「はい。ハルカ様は私の命の恩人であり、前の戦争の功労者であり、敬愛すべき陛下のご友人であらせられます」
コリアがじろりとハルカに視線を向けたのは、もうちょっと詳しく話しておけよという文句のためである。
ユーリから色々話を聞いていたが、子供が親の自慢をしているのをまるまる信じるほど、コリアは愚か者ではない。
話半分、いや、三分の一くらいの気持ちで聞いていたのだ。今回のことに関しては、疑り深い性格が
裏目に出た形である。
「はっきり申し上げます。全ての事情を無視した場合、領地を差配する立場の者としての最適解は、皆様がこの街に存在しなかったとすることです。ただ、私も、陛下も、そしてハルカ様もそのような対応は好みませんので」
「……わかったわかった、で、そっちは結局何を得るんだよ。俺は綺麗事じゃなくて、事実を聞いているんだ」
ザクソンはコリアを事情を話すに値するものだと判断し、にこりと笑う。
「情報をいただきたい。あなた方を攫ったものを割り出して、陛下の顔に泥を塗ったことを必ずや後悔させてやります」
ザクソンの目の奥にはメラメラと何かが燃え上がっていた。
普段は穏やかであり、誠実なザクソンは、一方でエリザヴェータのために平気で命を投げ出す忠実かつ熱烈な側面を持っている。
「最初からそう言えよ」
「あなた方を帰すことをさりげなく貴族の中に噂として流します。私の立場は悪くなり、場合によっては罰を受けることもあるでしょう。……それで、王国の膿みを炙り出せるのであれば、悪くない対価と考えます」
コリアは面倒くさそうに両手をあげてひらひらと振った。
「降参だ。理解もできたし素直に世話になることにする」
「それはありがたいことです」
結局ハルカは一言も口を挟む間もなく、話し合いの第一フェーズが終了してしまった。
しかしこの場にいるだけで意味があるということは、ハルカだって理解している。口を挟めないからといって、立ち去ることができないのが辛いところだ。
いっそ眠っているユーリや、好き勝手に過ごしているレジーナやモンタナのように振る舞えればな、と思いながらも、背筋をピンと伸ばし直すハルカであった。





