互いの事情確認
ハルカに話を強請った小人の名前は、コリアというそうだ。
話をすべて聞いたコリアは、皮肉な笑みを浮かべて肩を竦めた。
「なるほどね、あんたは俺たちの命綱ってわけね」
命の恩人、ならば理解できたが、命綱となるといまひとつピンとこない。
隣でアバデアまでもが深く頷いているのを見て、ハルカはその意味を考えながら耳のカフスを撫でる。
「腑に落ちない顔をしておるな」
「そうですね。命綱、と言われると、未だに命の危機に瀕しているような……」
「事実そうだし。ま、あんたは冒険者だしわからなくてもしかたないよ。俺たちの国は小人とドワーフ合わせて一つの国だ。名前は【ロギュルカニス】。陸上は国境封鎖してるから、普通のやつらは入れないけどね」
そういえばハルカは今までこの【ロギュルカニス】という国の話をほとんど聞いたことがない。それもそのはず、ハルカの主な情報源である冒険者は、陸上ルートを封鎖されるとその先に進むことは難しい。
内情を知るためには、国の貿易などに詳しいものに話を聞く必要があるだろう。
例えばコーディであったり、エリザヴェータであったりがそれにあたるが、これまではそのような話題になる機会がなかった。
「俺たちはこの国に取っちゃ厄介ものさ。帝国が侵略を失敗してからは、各国は【ロギュルカニス】には手を出すことを諦めた。それでもそれなりに海上交易はしている。特に北方大陸の【神聖国レジオン】、【ディセント王国】【独立商業都市国家プレイヌ】とはな」
「それでどうして厄介になるんです?」
「そりゃあ、そんな国の俺たちを攫って強制労働させてたって事実があるんだ。そんな事実、無かったことにしちゃう方が手っ取り早いだろ」
「まさか、そんな……」
ハルカが眉を顰めると、コリアは頭をかいて困った顔をした。
「……あんた、さてはいい奴だな? 命の恩人に対して嘘なんかつかない。そんなことよりあんた、ここの偉い奴にどれくらい貸しがあるんだ? その程度によっちゃ、俺たちはこっから逃げる算段を立てないといけないんだ。話を聞きたい、ってことはあんたが同席する限り、その場で殺されはしないと思うんだけどな」
コリアは視線を逸らし顎に手を当てて暫し黙り、それから首を振った。
「あんたが持ってる貸しの程度によっちゃ、あんたごと殺されることだってありえるって、俺は思ってる。……気を付けてくれよな。恩人が俺たちのせいで死んだとなったら、死んでもご先祖様に顔向けできない」
「まぁそう興奮するな。しかし、こやつの言うことは少々大げさかもしれんが、わしも近いことは考えておるよ」
真剣な顔をして忠告するコリアを、アバデアが宥めつつ、ハルカに意見を求める。
ハルカごと何とかしてしまおう、なんて考えは、エリザヴェータへの反逆を考えるものでない限り思いつかないだろう。ハルカの活躍は、すでに【ディセント王国】全体に知られている。
あるいは、ザクソンがまとめるこの領地でなければ、アバデアたちが初めから街に存在しなかったようにしたい、と交渉してくる領主くらいはいるかもしれないが、それにハルカが頷くことはまずなかっただろう。
ここにきてハルカはようやく、自分があの忙しい姉弟子に余計な問題ごとを押し付けることになったと気が付いた。
「あー……、ええとですね」
ハルカの漏らした嘆息は、そのことに対する申し訳なさによるものであったが、話をしていた二人はやや体を緊張させる。何もハルカに恩返しできないどころか、迷惑をかけることになっているのだから、それも仕方ない。
「まず、安心してください。助けた以上、あなたたちの命は守ります。何を話せば安心してもらえるでしょうか……。そうですね……、ここの領主のザクソンさんは誠実な方です。それに今の女王は、他種族との友和を大事にする方ですから」
異種族の二人は顔を見合わせる。
アバデアは笑って頬をかき、コリアは肩を竦めた。
「あんたさぁ、俺たちを助けたのは偶然なんでしょ? そんな生き方してると損するよ」
「はぁ、まぁ、たまに仲間からも注意されています」
「でもさ、命の恩人がそんなこと言うなら信じてみるよ。あんた、人じゃなくてダークエルフだし。一緒に飯食ってたユーリとかいう子も、あんたのこと褒めてばっかりだしな」
寝ていたハルカは知らない話だ。
チラリとユーリを見ると、後ろめたいところのないユーリはにっこりと笑う。
「さっきアバデアとだれも信用できないって話をしてたんだよ。親切すぎるから、何か利用しようとしてんじゃないかってな」
一度捕まっているのだから、猜疑心を抱くのは当然だ。
特にコリアは元々の性格もそうだから、なおのことだった。
そして、それにしてはハルカのことを最初から命の恩人と決めつけているようだったのは、ハルカにしてみても少しばかり違和感を覚えていた。
「そしたら子供に怒られた。ママはそんなことしないしってな。黙らせてやろうと思って、じゃあどんな奴か聞かせてみろ、こっちは命かかってんだよって脅かしたら、怯みもしないでペラペラしゃべるんだ。子供にそこまでされちゃ俺の負けだよ。おかげで俺は、最初からあんたのこと信用せざるを得なかったってわけね」
「……そうでしたか」
ハルカは手を伸ばして、ユーリの黒髪を優しく撫でてやる。
少しばかり面映ゆくもあったが、それで誤魔化してしまうのはなんだか違うと考えたからだ。
「ユーリ、ありがとうございます」
「ううん。ママはかわいいから」
「あ、そうですか、はい」
今一つそのことに関しては腑に落ちていないけれど、ユーリがそういうのであれば、否定するつもりもない。
子育てはほめて伸ばすタイプのハルカである。





