噂話
ドワーフたちによるいびきの合唱を聴きながら待機していると、入り口から小さな影が二つ入ってきた。
城に預けていたユーリと、そこに合流したモンタナだった。
二人は寝転がっているドワーフたちを避けながらハルカのもとまでやってきて腰を下ろす。
「ナギが飛んでたから、お城まで行ったら案内されたです。事情はユーリから聞いたですよ」
「そうでしたか。急なことですみません。ユーリもありがとうございます」
ユーリに城で待っていてもらったのは、どうやら荒事になりそうな気配と、モンタナが合流した時の説明係としてだった。
どうやら今回は、どちらもうまく噛み合ったようだ。ハルカは立派に仕事をこなしてくれたユーリの頭を撫でた。
「魔法使ってたみたいですけど、何かあったです?」
「みなさん、地下で穴を掘らされていたみたいです。南方大陸のドワーフの国からさらわれてきたそうで」
「そですか。……送っていくです?」
「そのつもりです。一度拠点には帰りますが」
計画を話さなくても読まれているのは、モンタナの目の力というよりも、長く一緒にいるようになって互いが何を考えているかなんとなくわかるからである。
「以前この街にザクソンさんの護衛できた時、妙な腕輪をはめられた話はしましたよね?」
「飛竜につけられてたようなやつです?」
「はい。彼らはそれをつけられて、無理やり働かせられていたようです。……最近は水や食事もろくに与えられておらず、半分ほどは亡くなってしまったそうです」
「……そですか」
聞いて気分のいい話題でもないけれど、情報共有は大切だ。モンタナもユーリも、呑気に眠っているように見えるドワーフを見ながら顔を顰めた。
「……王国とドワーフの国で、問題になりそうです」
「なりますか?」
「どんな事情があれ、攫われたですよ。多分王国でもちゃんと調査するですけど……。結構面倒ごとになるかもです。そうなるとすぐ帰れないかもです」
「そうですか……。でも、まぁ……、早く帰してあげたいですね」
ハルカは問題になることよりも、ドワーフたちの帰還が延びることを気にしていた。厄介ごとを歓迎するわけではないけれど、巻き込まれることには随分と慣れてしまったようだ。
しばらくのんびりとしているうちに、外が騒がしくなり、兵士たちが中へ踏み込んでくる。ぐっすりと眠ってしまっているドワーフたちはそれでも目を覚まさない。
先頭に立っていた髭面の強面が、のしのしと近寄ってきて、その見た目からは想像がつかないほど丁寧にハルカに話しかける。
「こちらは私たちが調査いたします。救出者を送るために、表通りに馬車も用意いたしましたが……眠っているようですね」
「馬車を用意していただいたところ申し訳ないのですが、……もしよければ私が城まで運びます」
「表通りまで、ということでしたら、私たちも手伝いますが……?」
意図を汲めなかった兵士が問い返したのに、ハルカは説明不足であったことに気づく。すっかり空を飛ぶのが普通になっており、周りがそれを知っていることが多かったので、肝心の部分を省いてしまっていた。
「ユーリ、ちょっと障壁で浮かせても良いですか? どう移動するか見せたいので」
「うん」
承諾を得てからユーリの足元に障壁を作り出したハルカは、それをゆっくりと宙に浮かす。ユーリの視線が兵士と合うようになったところで動きを止めて、改めて説明を再開した。
「このように、人を障壁に乗せて空を移動することができます。おそらくこの方が彼らにも負担がないので、そうさせてもらおうかなと」
「……聞きしに勝る魔法の腕ですね。私は〈ネアクア〉からこちらにきたばかりなのですが、失礼ながらこの街のものが語るハルカ様のことを、話半分で聞いておりました」
「……良い噂だと良いんですが」
「はは。空を自由に飛び回り、城に大穴を開け、塔をへし折ったとか。ザクソン様まで真顔で元公爵の懐刀をまとめて圧倒したとか、鋼鉄の腕輪をちぎり捨てたとか、語るものですから、てっきり新しくきたものをからかっているのかと思ったくらいです」
訳のわからないことを並べられているようだが、全てが事実である。
「……つかぬことをお伺いしますが、どこまでが事実なのでしょうか?」
真面目なザクソンを嘘つきにするわけには行かない。ハルカは少しばかり迷ってから、目を逸らしながら一言。
「一応、全て事実です」
やりすぎたと思ったことも含まれているので、答えるのには少しばかり気合いを入れる必要があった。
兵士は「ははっ」と破顔する。
「これは頼もしい。では、お任せします。我々は地下の調査に行きますので。さ、行こう。ああ、静かにだぞ」
見た目に似合わず丁寧だが、見た目通りに豪胆だったようだ。声を抑えたまま部下らしき兵士たちに指示を出すと、奥の部屋へと消えていった。
ぞろぞろと部屋へ吸い込まれていく兵士たちを見送ってから、ハルカもドワーフたちを外へ運び出し、夜の空を飛んで城へと向かう。
ドワーフたちの体は治癒魔法によって治っているはずなのに、誰一人として目を覚まさないのは、それだけ精神的な疲労が大きかったからだろう。
まもなく城に到着したハルカを出迎えたのは、首を伸ばしたナギと、申し訳なさそうに頭を下げるザクソンであった。





