戦利品あさり
街へやってきた女誑しは、まず泊る宿を探して支払いをしてから、街へ探索に繰り出した。濡れ手に粟の甘い話に乗ったり、博打を打ったりするつもりはもうなかった。
この街では、至極真面目にコツコツ働いて生きていくはずだ。
そう、女性をひっかけて、地道にコツコツと。
いざという時に助けてもらえるように、貰うお金もほどほどにして、相手のことも大事にするつもりだ。
それが彼の生き方であり、汗水たらして働こうという発想にはならないのが残念なところであるが。
そうして新たな働き先を探すために、女誑しは少しばかり危険な香りのする酒場の方へ足を踏み入れた。目を配り、この辺りのことをよく知っていそうなものを探し、声をかける。
何人かのはずれを経て、女誑しはようやく仕事に結びつきそうな人物を見つけた。
上がりの二割を上納するだけで、この辺りで自由に商売をしていいというのだ。
これは助かったと、その男と話しているうちに、身の上話をするにいたるのは当たり前のことだった。
「どうしてこの街に?」
しくじりを新たなビジネスパートナーに話すのは愚かなことだ。
この街と〈オランズ〉は随分と離れている。
多少嘘を混ぜ込んだところで、誰にも迷惑をかけたりしないだろうと女誑しは考えた。
「いやぁ、実は少しばかり地元に嫌気がさしましてね。仲良くしてくれている特級冒険者の方に、竜の背に乗せて連れてきてもらったんですよ」
女誑しは男の指先がピクリと反応したことに気づかなかった。
「……そりゃあ凄いな。竜っていうと、まさかあのハルカ=ヤマギシか?」
「お、知ってるんですか?」
「そりゃあな、この街じゃ有名人だ。さっき空にでかい竜が飛んでいたしな。もしかして今もこの街に?」
「いるんじゃないですかね?」
「なるほどな。それにしてもあのハルカ=ヤマギシと仲がいいなんて幸運だ」
「はは、どうですかね……」
今となっては関わらなければよかったとも思っている女誑しだ。
しかし逆に、関わる相手を間違えていたら命を落としていたであろうことも分かっている。
不幸中の幸いというのはこういうことなのだろう、と身勝手なことを考えながらグラスを傾けていると、一緒に飲んでいた男が呟いた。
「本当に、幸運なことだ」
どこか不穏な気配を感じたのは、ここ数日で何度も死ぬような目に遭ったからだろうか。すらりと抜かれたナイフを見て、女誑しはすぐさま飛び上がって近くの窓から外へ飛び出した。
自分の命は軽いのだ。
ためらっている暇などない。
ろくでもない女誑しに教訓を与えてしまったのは果たしていいことだったのか。
微妙なところだが、とにかく女誑しは間一髪逃走を開始したのである。
ナイフを抜いた男は慌てた。
そこらの優男と思っていたのに、あんなに素早く逃走されるとは思ってもみなかったからだ。
周りにいた仲間に声をかけて、慌てて追跡を開始する。
自分たちの生活を奪った、あの憎き特級冒険者ハルカ=ヤマギシに復讐するチャンスを逃すつもりはなかった。
追ってくるものの数が次々と増えていき、女誑しは心の中でもう悪いことはしませんと神様に祈りながら走り続けた。困った時だけ神頼みの男である。
しかしどうだ、必死に走っていると、光のさす大通りが見えてきたではないか。
しかも丁度そこに見知った人物が歩いている。
本当ならば二度と顔も見たくない相手だったが、女誑しはその女性の強さを存分に知っていた。
神様ありがとう!
数秒のち、腹をけり上げられて、やっぱり神様にお祈りするのをやめる女誑しの信仰心が、人生で最も上がった瞬間だった。
「レジーナさん! たすけ、助けてください!」
結果は知っての通りである。
見つかりにくい裏路地の奥の奥にあったその家は、外観こそ周りに馴染んでいたけれど、内装は綺麗に整えられていた。おそらくそこらにひっくり返っている家具類も悪いものではなかったのだろうが、今は見る影もない。
床に伸びた者たちは、どうやら辛うじて生きているようだ。
ここに来るまでにも、あちらこちらに人が転がっていたので、この光景には予測がついていたハルカである。
とんでもないことになっているがそれほど焦っていないのは、レジーナが意味もなく暴れたわけではないだろうと信じているからだ。本人は大きなけがをしていないようだし、とりあえずのところそこは安心である。
ここに来る道すがら、ハルカは兵士から街の事情を聞いている。
戦いの際に他に派遣されていた兵士や密偵が手を組んで、街の裏で組織を構えていると。
面倒なことにそれなりの規模であり、街にもなじんでいる。
再雇用した兵士の中にはそちらに通じている者もいるらしく、どうにも尻尾がつかめずに困っていたのだとか。
特に上層部はそれなりの実力があり、雲隠れも得意。
裏路地で伸びている輩を確認していた兵士は、彼らがその一味なのではないかとハルカに伝えていた。
結果的に言えば、レジーナは街の悪者の一掃に協力したことになるのだろう。
昔々には、湧き出たアンデッドを討伐して聖女になったレジーナは、そういう星の下に生まれてきたのかもしれない。
「喧嘩は、まぁ、程々にしましょうね。怪我とかすると心配なので」
「……わかってる」
訓練でいつも怪我するのを見ているくせに、ハルカは自分がいないところで仲間が傷つくのは心配なのだ。やっぱり変な奴だなと思いながらも、レジーナはみしりと鳴った床を踏み抜いた。
乗った時の音が違ったので、隠し部屋があるとすぐにわかったのだ。
ハルカは突然のレジーナの行動にびくりと体を跳ねさせる。
余計なことを言って怒らせたかなと、顔をのぞき込む。
「隠し部屋だ」
レジーナの指差した方に視線が動き、ハルカが目を丸くした。
「金目のものがあるかも」
ハルカはためらうことなく梯子をずんずんと降りていくレジーナのために、魔法で穴の中を照らしてやるのだった。
二人の背後には兵士たちが乗り込んできて、伸びている輩を縄で縛りあげている。
あちらは任せよう。
そう決めて、ハルカは梯子を使うことなく、宙に浮き、穴をまっすぐに下りていくのであった。





