芋づる式殲滅法
復興のさなかにある街は、賑やかであった。
モンタナとレジーナは二人で一緒に街へ入ったが、特に一緒に行動する理由もない。商店街でモンタナが立ち止まったところで「じゃあな」「またあとでです」とまるで示し合わせたかのように別行動を始めた。
ちなみにこれ以前にどこかで合流しようとか、どこに泊ろうとか、そんな話は一切していない。
二人ともいざとなれば街の外に出て目を凝らせば、ハルカがいるっぽい場所はわかるのだ。これ以上にわかりやすい目印はない。
そんなわけでモンタナは土産探しついでの散歩。
レジーナは買い食いついでの散歩を始めたのだった。
二人に共通の目的があるとすればそれは、街がどんなふうに変わっていくのかなんとなく把握することである。
モンタナはこれまでの旅と、たくさんの冒険者の話から。
レジーナは今までの人生から。
脳内に情報をインプットしておくことの大切さを、無意識のうちに理解していた。
レジーナは次々と食べ物を買いあさり食べながら、街並みにさりげなく目を配る。ハルカがいつも馬鹿みたいに屋台の食べ物を買いあさるので目立っていないが、レジーナも同じくらい買うし、何なら買ったものはちゃんと全部自分で食べる。
実はチームの中では一番の健啖家である。
魚介類を焼いたものを次々と口に運びながら、街を観察した結果、レジーナはこの街にはまだまだグレーゾーンの人間が多いことを理解した。
新しい住人、古い住人、それらがこっそりとあちこちで反目し合っている。
一歩裏路地に入ればすぐに喧嘩を見ることができるだろう。
古くから街に住んでいそうな人たちが、大通りから外れないようにしているのはそのためだ。
数時間歩いて、空の色が変わり始めた頃に「た、助けてください!」という大きな声が聞こえてきた。向きからして、自分に向けて発せられた声であったようであったけれど、この街に助けを求めてくるような知人をレジーナは持っていない。
振り返りもせずに、塩辛い魚の身を包んだクレープのようなものを食べて歩いていると、助けを求める声はどんどん近づいてきた。
実は助けを求めてきている人物に心当たりはあったのだ。
ただそれが、知人ではなく他人であっただけで。
首をひねって視線を向けると、足を掴まれた女誑しが地面に顔面からダイブするところであった。汚らしい格好をした、裏稼業の人間らしきものが数人、息を切らしながら後ろからぞろぞろと現れた。
もさっと両手に持った食べ物を交互に口に運び、咀嚼して呑み込む。
少しばかり口がパサついたな、と思ったレジーナは、次はどこかで飲み物を買おうと女誑しを見るのをやめた。
「レジーナさん! たすけ、助けてください!」
勝手に名前を呼ばれたことにイラっとしながらも、レジーナが立ち去ろうとした時、その背中に手が伸びてきた。
当然レジーナは近づくその手に気づいていたが、両手に食べ物を持っていたので、さっと一歩前に出て距離を取る。以前までのレジーナであれば、ここまで接近するアクションを起こされた時点で大変なことになっているはずだ。
ただ、一応レジーナの頭の中にはとぼけた顔のハルカが住み着いており、何かあるたび『むやみに喧嘩しちゃだめですよ』とレジーナの言葉で表現するならば、すっとろいことを言ってくるのだ。
あと食べ物は粗末にするべきじゃないというような、当たり前のこともちらほらと脳内で囁いてくる。
うぜぇと思いつつレジーナが一応それを意識するのは、ハルカがレジーナのことを考えてとろいことを言っているというのは理解しているからだ。正しいかどうかは別として。
だからめちゃくちゃイライラしない限りは、割と我慢してやっている。
そして、一度すかしてやったのに手を伸ばしてきた男には、めちゃくちゃイライラしたので、口に食べ物をすべて詰め込んでから、油まみれの拳でその顎を砕いてやった。
痛みに意識を失うこともできずに地面を転がりまわる男に、一緒にいた仲間たちはドン引きだ。
「お前、こいつの仲間なんだな?」
「おい、ちょっと待て」
「待てって言ってるだろ、この」
が、この男がまともに話せた最後の言葉である。
傍から見ると無視からの問答無用の一撃であった。
レジーナ的にはとても我慢したのだけれど。
たっぷり、レジーナが口の中のものを飲み込むまでドン引きしていた仲間たちは、それぞれ隠し持っていた武器を構え、その中の一人は女誑しにナイフを突きつけた。
「おい、動くなこいつを……」
ナイフが振り下ろされる前に距離を詰めたレジーナは、地面にうつ伏せになっていた女誑しの腹を蹴り上げて積み上げてあった箱まで転がした。
女誑しを刺すはずだったナイフは、虚空を揺らめき、持ち主の男はわけもわからないまま頬を殴り飛ばされて女誑しの上に重なった。
「仲間だぁ? 糞ボケ屑共が! 一緒にするんじゃねぇよ!! 知るかそんなゴミ!!」
吠えたレジーナはもう止まらなかった。
もとより街のチンピラなんかが相手になどなるはずがないのだ。
逃げ惑うものを追い回し、出てきた連中を小突き回し、また逃げた奴を追い回しているうちに、レジーナはすっかり裏路地の奥の方まで入り込んでいた。
どこのだれで、元兵士で、職を失って、反乱が云々なんてことはレジーナの知ったことではなかった。ただ、どれだけ殴っても、どれだけぼこしても、逃げた先にいる奴らが反抗的なままだったから、徹底的に叩きのめしただけだ。
最後にはちょっとばかし骨のありそうなのも数人出てきたけれど、金棒を抜いたレジーナの敵ではなかった。数合打ち合うことくらいはできたが、いつも訓練しているアルベルトやモンタナには及ばない。
レジーナは散々暴れた上、隠れ家らしき場所にあった金目の物を漁っていたところ、その入り口付近に何者かが現れたことに気が付いた。
振り返って見えたのは、見慣れた魔素の塊。
「……レジーナ、あー……とりあえず、その、怪我は……ないようですね」
「…………先にあいつらが喧嘩売ってきた」
存分に人をぼこぼこにした自覚はあった。
悪いことをしたつもりはないけれど、何か一つや二つくらい小言を言われるかもしれないと思った結果、レジーナはなぜか、言い訳じみた言葉を吐きだしていた。





