街の人はともかく
「すみません、ハルカ様はいらっしゃいますか!?」
遠火で干し肉をあぶっているところに、大きな声が響いた。
何者かが近づいてきているのが見えたので、警戒はしていたけれど、どうやら不審な輩ではないようだ。
「どなたですか?」
「ザクソンです! 宣戦布告の時に護衛をしていただいたザクソンです!」
「ああ、お久しぶりですね。こんなところまでお一人でいらしたんですか?」
「兵を少し離れたところに待たせています。あまり大人数で押しかけてもご迷惑かと思いまして」
「お気遣いありがとうございます。何か、ご用事でも……?」
エリザヴェータを信奉している者の一人で、丁寧で誠実な対応をする男だ。
大人しい男かと思いきや、命懸けで敵の城内まで宣戦布告をしに行くような図太いところもある。
てっきりエリザヴェータのすぐ近くで腕を振るっていると思っていたから、ここでの再会は意外だった。
「いえ、いらしたようなのに街へ入った記録もなければ、ナギちゃんの姿もなかったのでどうしたものかと探しに来たんです」
「ああ、わざわざご足労頂いてすみません。ちょっとナギと一緒にこの街では暴れ過ぎたので、近くにいると怖がる方も多いんじゃないかと思って離れた場所で過ごしていました」
「なるほど……、相変わらずお優しいですね」
素直に称賛してくるザクソンに、ハルカは少しばかり照れて、頬をかきながら答える。
「いえ、自分で蒔いた種ですから。それよりもザクソンさんはこの街にいらしたんですね? てっきりリーサのところにいるものだとばかり」
「はい。この街は落ち着くまで、陛下の直轄領となっております。命を張ったおかげで……と言っても、ハルカ様と一緒だったので安全でしたが。爵位を頂きまして、今は陛下のご意見を頂きながら、他数人と協力して、この街の方針を定める役についております」
つまりエリザヴェータの代官、といったところだろうか。
控えめな性格をしているザクソンだから、他数人と協力してと言ったけれども、実質大領の主のようなものである。
どう考えても一人で特級冒険者と大型飛竜がいるような丘にやってきてはいけない身分だ。
「……お忙しいでしょうに。私の事は気になさらず街に戻ってください」
「いえ、そういうわけには。ハルカ様は私の命の恩人ですからね。折角街までいらしたんですから、歓迎させていただきたいと思っているんです」
「ありがたいですが……、仲間たちと待ち合わせていまして」
「そうなんですか? ではこちらで探してお仲間の方も招待させていただきます」
断るのが難しくなってきた。
招待されることが嫌なわけではないのだが、別れ際に人についていくなと釘を刺されたことを思い出していた。
もちろんザクソンは変な人ではなく、身分のハッキリしている人なのだけれども。
「ナギが、ほら、いる場所がないですし」
「お忘れですか? この街では中型飛竜がたくさん飼育されていたんです。城には広い庭がございますので、そちらをご利用ください」
「……なるほど、そうでした」
そう、ハルカが二度にわたって破壊したあの城である。
いまだにちょっとやりすぎたかなと思ってもいるので、あまり城を見たいとは思えない。
「招待、受けてくださいますか?」
「ええ、では、お言葉に甘えて」
美味しいものが食べられるのは嬉しいけれど、仲間たちには華々しい場を喜ぶようなものはいない。というか、レジーナは招待の話を兵士からされて、素直に言うことを聞くのだろうかと不安になる。
「あの……、ちょっと気の短い仲間が街にいるので、もし見つけたら私を呼んでもらってもいいですか? レジーナという、修道服を着て顔に傷のある女性なんですけど……」
「気が短い、ですか?」
修道服というワードからはあまり連想しない単語にザクソンが首をかしげる。
「はい。背中に金棒を背負っている一級冒険者で、世間では【鉄砕聖女】と呼ばれています。だいぶ気が長くなった方なんですけれど、あまりその、公的な身分のあるかたとは相性が悪いというか……」
「あ、ええ、はい、存じてます。【鉄砕聖女】のレジーナ様ですね、はい。噂にはちらほらと。こちらからは接触しないように伝えて、見つけたらお知らせすることにします」
知っているのならば話は早かった。
悪名も役に立つときがあるらしい。とはいえ、気が短いからこそハルカが迎えに行こうと思っているわけで、マッチポンプなのだが。
そんなわけで、ハルカたちは結局街へ入ることが決まった。
ザクソンと別れ、焚火を片付けてからも、しばらくハルカたちはのんびりと丘の上で過ごす。
兵士たちが来てやんでいた虫の合唱が再び始まっていた。
ザクソンが城へ戻った頃に、空を飛んでハルカたちも街へ入る手はずになっている。
今しばらくはこの合唱を楽しむことができそうだった。
日が完全に落ちた頃、ハルカたちは暗くなった空を飛んでいた。
速度はそれほど出す必要がない。
街にはちらほらと明かりがついていて、まだまだ外を歩いている人もいるようだった。
とはいえ、暗くなった街で二人を見つけるのは少々難しいだろう。
レジーナはともかく、モンタナが目立つようなことをするとは思えない。
二人はどちらにせよ街で一泊してくる予定だったから、居場所は明日の朝までにわかればいい。
果たして見つけることができるのだろうか。
「……早々に申し訳ないのですが、すぐにあの兵士について行っていただけませんか? レジーナ様を見つけたそうです」
「あ、はい」
ハルカの心配は、完全に杞憂だった。
この早さで見つかるということは、間違いなくレジーナはどこかで騒ぎを起こしているようである。
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