受け止め方
その夜〈プレイヌ〉で過ごしたハルカたちは、翌日早々に北へ向かう。
国境を越える手続きにはさほど時間がかからず、むしろ歓迎の言葉を述べられた。
どうやら国境沿いに公爵領での戦いに参加していた者がいたらしく、ナギを見て随分と興奮した様子だ。怖いには怖いらしく近寄ってこないのだが、遠くから仲間たちに何かを語っている。
一晩そこで休んでから空に飛び立ち、日が暮れる前には元公爵領までたどり着いた。
街を破壊したわけではなかったから、復興にはそこまで時間はかからなかったようだ。門前から覗いてみた人通りは、以前よりも多いくらいだ。
もっとも、ハルカがこの街に訪れたのは戦時中のことだったから、比べても仕方がないのかもしれないけれど。
そういえばこの街にはナギを入れてあげられる場所がない。
街から少し離れた場所へ降り立ったところ、遠くから悲鳴が聞こえてきて、ハルカはその場で立ち止まりちょっと困っていた。
この街でのハルカとナギの印象は、あまりいいものではないはずだ。
公爵回りの者たちが逃げていなくなったとはいえ、街に住む人々が変わったわけではない。場合によってはハルカが脅しをかけた兵士だって、未だこの街で役目を貰って暮らしていることだろう。
「どうしましょうね」
「並んで入ればいいだろ」
「いや、ほら、ナギが街の中に入れないじゃないですか」
「留守番させとけ……なんだよ」
レジーナが留守番の話をすると、ナギが鼻先でその背中をつつく。
普通の人ならよろけるところだが、レジーナは文句を言って振り返るだけだった。
「お前頭いいんだから留守番くらいできるだろ」
ぺたりと地面に顎を付けたナギは、レジーナのことをじっと見つめる。
できないことはないけど、誰か残ってほしいというのがナギの訴えだろう。
「……別に街の中に入る必要もそんなにないかなと。食料は残ってますし、彼だけおいて帰ってもいいかなと今は思ってます」
街の中を見て回ろうかという気持ちはあったのだが、別に用事があるわけではない。怖がられているのに、横車を押して街中へ入り込まなくてもいいかなと言うのがハルカの本音だった。
「今日は泊まるんだろ? あたしは中入って飯買う」
「お土産買うって約束したから行ってくるです」
「あ、じゃあ私は留守番で」
「僕も留守番」
割り振りは決まった。
ハルカは荷物から、冒険者達に渡したものと同じずだ袋を取り出して、仲間たちに問いかける。
「彼とはここでお別れってことでいいですよね……?」
どうでも良さそうに返事をしないレジーナと、浅く頷くモンタナ。
どちらも本当にどうでも良さそうだ。
ちなみにユーリですらあまり良い印象を持っていないから、気にしているのはハルカだけである。
「すみません。ナギが外に残ることになりそうなので、私も外で待つことにします。ここであなたとはお別れになりますので、これは餞別です。当面の生活費程度にはなるかと」
「……ありがとうございます」
ハルカは何かを伝えようかと口を開いて、しばし考えて目を伏せて黙り込んだ。
ただのお説教のようになってしまい、彼の心に言葉を届ける自信がなかった。それどころか、かえって反発心を招いてしまうのではないかと不安だった。
「じゃあ……、俺はこれで……」
とぼとぼと歩き始めた男は、あれだけ金に執着していたのに、ハルカから受け取った袋を開けることもしなかった。
何かに怯えるようにとぼとぼと歩いていく姿は、少しばかり哀れにも見える。
「……関わる相手は、選びましょう。些細なことで命を落とすこともありますから」
「わ、わかりました」
脅しのようにも聞こえたのだろう。
女誑しは身を縮めて早足で去っていった。
逃げていく女誑しを見送りながら、ハルカも手ごたえのなさに、肩を落としてため息をついた。
姿が完全に見えなくなってから、レジーナとモンタナが動き出す。
「変な人に声かけられてもついてったら駄目です」
「あ、はい」
モンタナがハルカを見上げて注意する。
子供みたいなことを言われているなと思いつつ、ハルカは素直にうなずいた。
「喧嘩売られたらちゃんと殴れよ」
「いえ、話し合いますけど……。むしろレジーナは喧嘩をしないようにしてください」
ユーリではなくハルカに対して声をかける二人。
保護者だからかなと納得したハルカであるが、二人とも人間への対応に関しては、ユーリよりハルカの方に不安があると思っている。
ポヤポヤとしていてついていってしまうし、ぎりぎりまで手を出さないから舐められがちだ。
「いいか、先に殴れよ」
「いえ、だから殴りませんってば」
不毛な言い合いをしながらレジーナがモンタナと街の方へ向かう。
ハルカは道の途中に待機していると邪魔になるかなと、ユーリと共に再びナギの背に戻り空に舞い上がった。
少し広い場所に移動して、道行く人の邪魔にならないように待機をする予定だ。
どうせナギは大きいからすぐに見つけることができるし、モンタナならばハルカがいる場所は魔素ですぐわかるから問題はない。
「あそこ」
ユーリが指差した先には、草だけが生えている丘があった。
少しばかり休むにはちょうど良さそうだ。
ナギの長い体をべったりと地面に伏せ、ハルカがユーリを抱き込んでそのお腹に寄りかかる。日が暮れてくると、少しずつ虫の声が聞こえ始めた。
「夜に虫の声が聞こえると、なぜだか小さなころのことを思い出します」
「そうなの?」
「はい。秋の虫の歌、知りませんか?」
「……知ってる、かも?」
誰でも知っている歌だと思っていたハルカは、曖昧なユーリの答えに首を傾げた。
「多分、耳にしたことがあると思いますよ。歌詞は曖昧ですし、この世界にそんな虫がいるかわかりませんが」
ハルカはユーリの頭を優しく撫でながら、昔聞いた歌を静かな声で歌ってみせる。
ユーリはそのリズムをなんとなく覚えていた。
いつだかテレビで聞いたことのある歌だった。
小さな音量で、身を小さくして。
今は足を伸ばして座れるし、背中は包まれて温かい。
「……あまり、上手ではないですね。声は、そんなに悪くないと思うんですけど」
ユーリは顔を見なくてもハルカが照れて頬をかいているのがわかった。
表情を緩めながら、体重をすべてハルカに預けてユーリは言う。
「もっと、他のも歌って」
「え、えーと、じゃあそうですね……」
季節の歌から、季節外れの歌まで。
流行のものではない、どこか自然そのものを感じる歌。
出てくる名称は違っても、その歌たちは、元の世界よりもこの世界に似合っているような気がするユーリだった。





