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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
行って帰って港町

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仕事がないわけではない

「なんかさぁ、結構偉い奴やるのって大変だから頑張れよな。特にお前みたいな性格だと苦労しそう」


 デスクに足をかけイスを傾けたテトは、天井を見上げたまま話し始める。

 先ほどのハルカの話を聞いて何か思うところがあったらしい。


「俺もさギルド長押し付けられたけど、めんどくさいもんな。上手くいって当たり前、なんかありゃ上のせい、みたいな奴ら多いし。俺は無視してるし、度が過ぎたら殴りに行くけど、繊細な奴は大変だと思うわ」

「やっぱりそうですか?」


 言われるまでもなく人の上に立つことなんて向いていないと思っているが、乗り掛かった舟だからどうしようもない。もしリザードマンたちの王になってなかったとしても、結局全体の争いを減らしていくためにはどこかで武力行使が必要だったし、いつかは似たような立場になっていたことだろう。

 そもそもリザードマンたちの王になって懇意にしていなかった場合、ハーピーやリザードマンの里は、ゴブリンたちに踏み荒らされていた可能性もある。

 なってしまったことを嘆いてばかりいても仕方がない。


 それよりも、テトが意外なことに仕事らしきことをしていることに驚きだ。

 

「向いてないだろーなー。ま、適当にやれよな、俺に迷惑が掛からないように」

「そうですね、ご迷惑にはならないように気をつけます」


 テトはぎこぎこと椅子を動かすのをやめて、首を起こしてハルカを見る。


「お前物分かりいいなー。本当にあれの弟子? あいつだったらシルキーのこととか引き合いに出して絶対協力求めてくるぞ?」

「シルキーさんのことって……、ああ、いえ、そういうのはちょっと私は」

「なんだお前、いい奴かよ。ノクトに騙されて弟子にされてないか?」

「いえ。色々とお世話になってます」


 実際ノクトはたまに悪戯のようにいじわるをしかけてくることはあるけれど、基本的にはちゃんと師匠をしてくれている。ハルカが少しずつでもこの世界の人間らしく成れているのは、ノクトが時折いくつかの道を、言葉で示してくれていたからだ。

 感謝こそすれど、騙されているという感覚はない。


「ふーん、マジで挨拶と報告に来ただけだったんだな」

「はぁ、折角街に来たのでと思いまして。報告も……、いずれどこか別の人から耳に入るより、私から直接話しておいた方がいいかと思いまして」

「へー、んじゃ、まぁ……なんだ? なんか、ほら、行き詰まったら話くらい聞いてやるからまた遊びに来いよ」

「いいんですか?」

「いいよ、聞くだけな」


 ぴょんとまた椅子から飛び上がったテトは、ハルカの横に来ると背中をバシバシと叩きながら言葉を続ける。


「お前もさー、俺の苦労がわかるようになるからな。大変なんだ、偉い奴やるのって。クダンとかユエルとかよー、カナのやつもふらふらしてるだけのくせによー、俺が愚痴ると『は?』みたいな顔してくんだよ。あいつらが押し付けてきたくせによー。お前の師匠もそうだからな、責任取って俺の愚痴も聞けよ?」

「あ、はい、なんかすみません」

「いいよいいよ、お前これから愚痴仲間な、あ、やべ」


 テトがハルカの後ろに隠れた瞬間、扉が開いてシルキーが入ってくる。


「テト、そろそろ来て頂戴? 皆さん待ってるわ」

「シルキーが全部決めろよ」

「流石に駄目よ。話はまとめてきたから、移動の間に軽く目を通して」

「めんどくせぇ……」

「最後の方だけでいいんだからわがまま言わないで」


 歩み寄ってきたシルキーは、ひょいっとテトを持ち上げると、ハルカたちに頭を下げる。


「ごめんなさいね。今大事なお話し合いの最中なの。ちょっと時間がかかると思うのだけど、待っててもらえるかしら?」

「あ、いえ。私たちも特に用事があったわけではないので、これで失礼させていただきます」


 テトが手足と尻尾をプランとさせている姿は、モンタナが誰かに持ち上げられた時によく似ている。獣人は持ち上げられて諦めが入ると、ああなってしまうのかもしれない。


「あらそう? 色々活躍を聞きたかったのに」

「またお邪魔させていただきます」


 廊下に出たところで、俯いて立っている女誑しを回収。

 ハルカが待たせたことを詫びるが「いえ、そんな」と卑屈な笑いを浮かべて首を振るだけだった。


 しばらく歩き、左右に分かれるところで、シルキーがふと立ち止まる。


「そういえば、あの子、元気かしら?」

「あの子……、ですか?」

「ほら、ヴェラの子が一緒にいたでしょ?」

「ああ、イースさんなら拠点の方で留守番をしています。冒険者登録をして、宿クランに入ってくれたので」

「あら、そうなの! ……もし暇そうだったら、次に来るときは連れてきてもらえると嬉しいわ」

「わかりました、伝えておきます」


 ふふっと笑ったシルキーは、そのままテトを抱っこしたまま廊下の奥へと歩いていく。友人の息子とまた会う算段が付いてご機嫌である。


 ハルカは二人の背を見ながら思う。

 本当はテトも今日は忙しかったのかもしれない。

 急に訪ねたせいで、迷惑をかけた。

 次に訪ねる時は、ちゃんと時間のある時にアポを取ってからにしよう。

 

 そんなことを考えていると、シルキーの肩から顔を出したテトが手を振って声をかけてくる。


「おーい、また暇なとき遊びに来いよー」

「え、あ、はい、わかりました」

「またなー」


 なんとなく見えなくなるまで、ユーリと一緒に手を振り返す。

 こうして友好的に接していると、シルキーがああして甘やかしているのも分かる、かわいらしいギルド長である。

 ただ、相手によってはすぐに牙をむくようだけれど。


「テトさん、嬉しかったですかね」

「何がです?」


 振り返ってギルドの長い廊下を歩き始めたところで、モンタナがハルカに話しかける。


「多分、ハルカが、本当にただ挨拶に立ち寄っただけなのが、嬉しかったですよ」

「……普通のことでは?」

「普通用もなく特級冒険者のギルド長を訪ねる人いないです」

「ああ、なるほど……」


 偉くなると打算込みで交流を持ってくる人も増える。

 ご機嫌伺いも、いつか交換条件を出してくると思えば素直に受け取る気にもならないだろう。

 ハルカは、テトに何かをお願いすることはできるだけしないようにしようと思う。

 今日の訪問を喜んでくれたとするならば、その気持ちを裏切りたくなかった。


「また、遊びに来ましょうか。今度はニベラさんにだけじゃなくて、テトさんにもお土産を持って」

「そですね」


 ハルカたちが次の訪問に思いをはせている間、静かについてきている女誑しは静かなものだった。もしかして自分は大した存在ではなく、いつだって簡単に死にうるのではないかと、ようやく薄々理解し始めていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 期せず女誑しにとっては非常に大事な学びの時間になりつつある…
[気になる点] 女誑しさん。 今後名前が判明しても、地の文ですら女誑しのまま無視されそうだなと。
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