仕事を増やす猫
許可を待って、ハルカたちは空から街へ入る。
街の人たちは頭の上を通り過ぎていく大きな影を仰いだけれど、混乱はないようであった。
街にはドラグナム商会の飛竜便本拠地がある。
今日の竜は特別に大きいなというあまり緊張感のない感想を持つものが多かった。
中には以前にハルカたちがきた時のことや、その後に街全体にまた来ることがあると布告されたことを思い出したものもいたが、さすが大竜峰のお膝元だけあって竜に慣れた街である。
ドラグナム商会の敷地にやってくると、丁度ナギのためのスペースが空けられたところだった。従業員らしき人物が両手を大きく振ってから、ハルカたちの着陸場所を体全体で示してくれる。
まるで飛行機の誘導のようだなとハルカが呑気なことを考えているうちに、ナギが静かに着陸。ハルカが最初に、続いて仲間たちが背から降りていく。
「急ですみません。明日には発ちますので」
「いえいえ、いつでもご遠慮なさらずに。何か用意するものがあれば協力しますが?」
「大丈夫です。ちょっとギルド本部にだけ挨拶をしてこようと思うので、その間ナギをお願いできますか?」
「もちろん構いませんが……、ナギちゃんは賢いので特にやってあげられることもないんですよねぇ」
従業員は首を伸ばしてきたナギのことを撫でながら笑う。
ドラグナム商会の従業員はみんな竜に慣れているから、ナギが顔を寄せてもそれほど驚いたりしないのだ。
「ありがとうございます。日が暮れる前にちょっと急いで行ってきますね」
「はいはい、夕食は用意しますか?」
「いえ、そこまでしていただくわけには。適当に買ってきますので」
荷物をまとめた仲間たちが歩み寄ってくるのを待って、柵の端にある扉を開けてもらい、街の道へ出ることにした。
この柵は、竜が脱走しないためではなく、人が勝手に中へ立ち入らないために作られたものだ。比較的高く丈夫に作られているけれど、空を飛ぶ飛竜たちにとってはなんの意味もなさない。
ハルカたちは〈プレイヌ〉の街の大通りを、真っ直ぐにギルド本部へと向かう。夕食の準備をする時間だから、お腹が減る匂いがあちこちから漂ってきた。
ハルカがふらっと屋台に立ち寄り買い食いするのはいつものことで、今日もまたいつも通りに気に入ったものを適当に買い込んでいく。
日が暮れる前に急いでと言っていた割には余裕である。実際まだ日暮れまではもう少し時間があるし、ハルカの頭には食いしん坊な受付嬢の顔が浮かんでおり、何か買っていってあげなければという良い言い訳も思いついていた。
誰もツッコミやしないのに無駄な理論武装である。
いつの間にかレジーナも串焼き肉を齧っているが、これもまたいつものことである。
やがて到着した受付には、だらしなく椅子の背もたれに腕を引っ掛けたニベラが待っていた。しかし、ハルカの顔を見るや否や立ち上がり、わざわざ受付の外までやってくる。
「待ってました」
「あ、はい、どうぞ」
「どうもありがとうございます」
顔ではなく、手元の食べ物たちを見ての言葉だった。ハルカはすぐに買ってきたものを差し出す。
「いつもすみませんね」
「いえいえ」
「すぐ案内するんで」
素早く受付に戻り、受け取った食べ物を仕舞い込んだニベラは、そのまま先導してくれる。
「私が来るのを知っていたんですか?」
「街にいらしたのは聞いたので、来たらいいなと思っていました」
「ああ、門番さんが伝えてくれたんでしたね。テトさんとシルキーさんもご存知でしょうか?」
「一応伝えてるけど、多分寝てます」
これもまた、いつものことである。
ニベラがコンッと一度ドアをたたきドアを開けると、意外なことにテトは目を開けていた。
部屋の中には紙飛行機がいくつか散らかっており、両足をデスクの上に乗せたテトが、今まさに新たな紙飛行機を部屋の中に飛ばそうとするところだった。
チラリと見えてしまっている文字は、明らかに書類のものである。よく見れば床に落ちている紙飛行機はどれも歪で、ハルカの知っているものよりも随分と不格好である。
今テトが放り投げた紙飛行機も変な軌道を描いて、すぐに床にぼてっと落ちてしまった。
「ええと、お久しぶりです……」
「おう、おひさ。これなー、うまくとばねぇなぁ」
「あの、シルキーさんは?」
「なんか会議。最近うるせぇんだよなぁ。なんか神殿騎士がどうのとか、混沌領がなんだとか」
どうやら〈オランズ〉に神殿騎士が駐屯地を作っている件は、こちらでも話題になってるらしい。
「その、飛ばしてるのは書類のようですけど、大丈夫ですか?」
「いいんだよこんなの。な、お前さ、これもうちょっとうまく飛ばす方法知らん?」
「はぁ、まぁ……」
ハルカは足元に落ちている紙飛行機もどきを拾うと、一度解いたところで手を止めた。
「あの、これ本当にいらないやつですか? 差出人が南方冒険者ギルド長のソルカスさんなんですけど」
「……まじ? ちょい待ち」
テトはデスクに積んである2つの山を上から数枚めくって「へへっ」と笑った。
「ごめん、落ちてるの全部拾って集めてくんね?」
ニベラが無言で回れ右をして扉を閉めて出ていった。レジーナは直立不動で買ってきたものを食べている。
「俺も手伝うからさ」
主体は自分ではないんだなぁと心の中でつぶやいてから、ハルカは床に散らばった歪な紙飛行機たちを拾い集め始めた。





