達者でな
一日中空を飛んでいれば、流石に慣れてくる。
どうやら高所恐怖症の者はいなかったらしく、〈プレイヌ〉が近くなるころには、皆流れていく景色を楽しんでいた。
人が集まっている門よりも少し手前で降りて、ナギがのしのしと歩いていくと、プレイヌの方から顔を青くした冒険者が走ってきた。ハルカはナギにその場で停止することを頼み、空を飛んで冒険者のもとへ向かう。
プレイヌからやってきた冒険者は、ハルカを見ると少しほっとした顔をして立ち止まり、両手を頭の上で大きく振りながら「すみません!」と声をかけてきた。
ハルカは近くへ降り立つと歩み寄りながら問いかける。
「今日の門番の方ですか?」
「はい。そちらは【竜の庭】の特級冒険者ハルカさんですよね?」
「お会いしたことがありましたか?」
「いえ、竜が近くに飛んできたら、最初に確認することになっています」
「あ、それはご丁寧に。すみません、急がせてしまって」
「いえ、よかったですよ。これで野生の大型飛竜だったら死んでますからねー」
中堅くらいの冒険者であろう男は、心の底からそう思ってるらしく、強張って青白くなっていた表情には血色が戻り始めていた。街に野生の大型飛竜が飛んでくることなんてまずないが、もし来たとすれば街の最上位の冒険者が相手をしなければいけなくなるだろう。
この街であれば常在戦力として北方冒険者ギルド長のテトがいるから、彼女が対応することになるのだろうけれど。
「一応この街に来た時は、ドラグナム商会の敷地に降りる許可を頂いているんですが、街に入っても? あと移住者が数名来ています」
「わかりました。では全部まとめて本部に連絡しますんで、門の近くで待っててもらってもいいですか?」
「ではゆっくり進みますので」
話が済むと冒険者はまた全力で走って街へ戻っていった。
なかなかの俊足であることから、彼もまたそれなりの冒険者なんだろうなぁと、ハルカは背中を見送る。
先ほどと同じように空を飛んでナギの顔の前へ行き、ゆっくりと進むようお願いして背中へ戻る。
「街へ入ることは許可されました。門のところで皆さんとはお別れですね」
ハルカの言葉を聞いて、冒険者たちは不安そうな顔を覗かせた。
自業自得であるというのはもう十分すぎるほど理解していたが、それで生まれ育った故郷を追われることになったのだ。
〈プレイヌ〉では、失敗をしたときに頼るべき寄る辺もない。
しばらく屋敷で暮らさせて、小綺麗になった顔を見てみれば、誰もまだ顔がどことなく幼い。年齢はアルベルト達よりも少しだけ上くらいだろう。
門の近くまでたどり着いて、ナギの背を降りたところで、ハルカは冒険者たちに声をかける。
そうして持ってきた荷物からとりだしたずだ袋を、それぞれに手渡した。
「これ、なんです?」
恐る恐る問われて、ハルカは頬をかいた。
「何もないところから始めるのは大変だと思うので、一応、支度金です。コリンには秘密で私のお小遣いから用意したものですから、額は期待しないでください」
それぞれがずだ袋に目を落とす。
ずしりと重いそれは、たとえすべて銭貨だったとしても、数日は暮らせるだけの量があった。ただ迷惑をかけただけなのにこんなものを貰っていいのかと、戸惑いながらもいらないと突っ返せるものはいない。
「あのですね……余計なことかもしれませんが、そのお金の代わりと思って一応聞いてください。失敗は誰にでもあることです。私はあなたたちが命を落とすほどの酷いことをしたとは思いません。とはいえ冒険者でいる以上、今回のように些細なことで命の危機に瀕することはまたあるでしょう。自分のものであれ、他人のものであれ、命に代えはありません。こちらでは何か仕事を受ける時は慎重にやるよう心がけてください」
彼らはみんな若い。
年齢で言えばアルベルト達よりも少しばかり年上で、トットより少し年下くらいだ。
ハルカは彼らが必ずしも悪人であるとは思っていない。
多少燻っていて、巡り合わせが悪かっただけで、立ち直る機会さえあれば、これからまた、冒険者としてやっていけると思っている。
「いつか、あなた方をこの街に送って良かったと思える日が来ると、私はとても嬉しいです。……それだけです」
真面目に話してしまったことが少し恥ずかしく、少しでも何か伝わればいいと思いながら、ハルカはそのまま飛び上がってナギの背に戻った。
そうして耳のカフスを撫でながら空を見上げる。
説教くさくなかっただろうか。
余計な反感を買っただけに終わらなかっただろうか。
大きく息を吐いて、もう言ってしまったことは仕方ないかと両手で自分の頬を挟んで顔のマッサージをする。
そうして変な顔をしているところを、下からユーリが覗き込んだ。
「何渡してたの?」
「ん、ちょっとだけお金を。コリンには秘密ですよ」
「ママのお金でしょ?」
「そうです。お小遣いが最近増えすぎてて使い切れないので。いつもああして袋に分けてあるんですよ」
あの袋一つで、贅沢をしなければふた月くらいは暮らしていけるはずだ。
それが五人分で、大体ハルカのひと月のお小遣いくらいである。
いくら買い食いをし続けたところで、お金はたまる一方だった。





