トットの情報
「あ、遅かったねー」
「お帰りなさいっす」
拠点へ戻ると、団欒の場に当たり前のようにトットが加わっていた。何やら腕に怪我を負っているようだ。
よく見ればレジーナとアルベルトもハルカから体の一部を隠して身を逸らしている。
「みんな訓練しすぎて怪我してる」
ユーリが報告すると、コリンが手を合わせて謝った。
「ごめーん、目を離した隙に結構やり合っててさー」
当の本人たちからは何もないことにハルカは苦笑する。そして順番に治癒魔法をかけてから椅子に腰掛けた。
治してる最中に全員からぼそぼそとした謝罪を聞けたのでそれで十分だ。
「いない時はほどほどでお願いします」
黙って頷く二人も、元々いいところで辞めるつもりでいたのだろう。ヒートアップしてくるとどうしても抑えが利かなくなるのだ。
よそで大喧嘩されるよりはマシだと思っているので、ハルカもあまり厳しくは言わない。まさか命のやり取りにまではならないだろうと信じている。
「トットはどうして怪我を?」
「片腕だけならいけると思って挑んだらやられたっす」
トットはレジーナを指さして悔しそうに言った。
卑怯というなかれ。一度ボコボコにされても再戦を挑めるのだから大したものである。
腕が使えないなら、と挑むあたり、自分がかなり戦闘力で劣っていることも理解しているらしい。
それでもまだ甘い分析だったようだけれど。
「北の街に寄ってきたのですが、どうも内部抗争が起こっているようですね」
「あ、それなんすよ」
ハルカが状況の報告をしようとすると、トットが声を上げた。
「俺のつるんでる連中、北の街の出身が多いんすけど……。なんかごちゃごちゃやってるみたいだからって報告に来たんすよ」
「なんかごちゃごちゃとはなんでしょう?」
ちょうど知りたい情報をドンピシャで持っていたらしいトットの言葉に、ハルカは無意識に少し身を乗り出す。
「いや、オウティさんとジェフさんの間で抗争してるらしいっすよ。ま、街のチンピラどもと冒険者じゃはなから勝負にならないすから、抗争になった時点でジェフさんはきついっすね」
「知り合いですか?」
「あの辺全員から誘われてたんで、一応顔見知りっす」
今ではすっかり舎弟が似合うようになってしまったが、このトット、二十代半ばにして二級冒険者になるという、極めて優秀な男なのである。
ハルカたちさえいなければ、街の将来を背負う冒険者としてもっとチヤホヤされていたはずだ。
ただしその場合は、おそらく【悪党の宝】のどこかの勢力に属していたことだろうけれども。
どちらが幸せだったかは、今となってはわからない。
「どんな方です?」
「商売上手な自信家すね。部下に手練れはいますけど、真正面から殴り合ったらオウティさんの派閥のが全然強いっす。毒使ったり、暗殺狙ったりするらしいんで、恨み買ってるならあんまり北の街で飲み食いしないほうがいいすよ」
「……しばらく気をつけます」
騒ぎが収まったらあの店主の食事を食べに行くつもりだったハルカだが、予定を後回しにすることを決める。
「でもさ、こっちとしては泊めてる人たちみんな送っちゃえば、もう関係なくなるってことでしょー? いっそ今から出かけちゃう? 一週間もあれば帰ってこれると思うけど」
「……いえ、明日の朝一番で出かけることにします。留守番が必要なんですが……、残ってくれる人はいますか?」
「私は残ってもいいよー。なんかお客さんとか結構くるし、それに関しても対応する人必要でしょ?」
実際まだ接触してきてない勢力もたくさんいる。ハルカかコリンが残らないと、宿の実務的な部分に関して他所と話し合いをすることは難しい。
「助かります、お願いします」
「だからアルも留守番ね」
「……ま、いいか」
コリンとアルがセットになることが多いので、自動的に留守番が決まる。
「あたしは行く」
「僕も行くです」
「あー、そだね。二人がいれば、とりあえずあの男も妙なことはしないだろうし」
レジーナとモンタナで、女誑しに対して威圧感を持っているコンビだ。不思議なことに、たまに二人で会話をしている姿も見かけるので、相性は悪くない。
「ユーリも一緒に行きますか?」
「……うん!」
声をかけてもらえて嬉しかったのか、声が随分と弾んでいた。ユーリが行くとなると、眠っているカーミラも行くと言い出すかもしれない。
ただ、日中の移動が多くなる上、あまり拠点から離れたがらない性格をしているので可能性は五分五分か。
「トットもたまには一緒に遠出します?」
「ありがたいっすけど、今回はちょっと」
歯切れの悪い返事にハルカはハッとする。
「あ、そうでした。すみません、新婚なのに急に遠出の誘いなんかしてしまって」
「いいんすよ。俺が冒険者だってのはあいつもわかってるんで、遠出自体はいいんすけど。ちょっと北の街の奴らが心配で……」
ラルフの野郎がと愚痴っていた印象ばかりが強く、わかっていたはずなのに、ついトットは独り身であるような気がしてしまう。
ハルカは慌てて謝罪したが、トットは別の心配をしていた。昔からつるんできたあまり行儀の良くない冒険者たちが、抗争でバタバタしているのを気にしているのだ。
ただ、別の宿の話だからとどうしたものか悩んでいるようである。
「……もし友達が困っていたら力を貸してあげてください。そういうことで【竜の庭】に気を使う必要はありませんから」
「あざす! ……ちょっと俺、話聞いてくるっす」
許可をもらったことで吹っ切れたのか、トットはすぐに立ち上がると、屋敷を飛び出していってしまった。
「前から友達多かったもんな、トット」
アルベルトがポツリと呟く。
女性ウケは昔からあまりよくないのだが、男からであれば、年上からも年下からも、それなりにウケの良い男である。
きっと小旅行から帰ってきた頃には、全てが片付いていることだろう。そうだといいなと、思いながら、ハルカは明日からの予定を頭の中で組み立てるのであった。





