北の街の状況
門番をしている冒険者に軽く手を上げて挨拶をして外へ出る。
北門は騎士たちが拠点を作っているおかげでいつもよりにぎわっていたが、ハルカたちはあまりこの門をくぐったことがないので違いが判らない。
建材を運び出しているので、邪魔にならないように空いている場所を選んで歩いていく。
拠点を作っていると言っても、門を出てすぐの場所ではないらしく、少し離れた場所から建物を作る音が聞こえてきた。
「……殺されたってことですよね、あれは」
「です」
「オウティさんの仕業ではない……、気がするのは贔屓目に見すぎでしょうか?」
「どうしてそう思うです?」
ぽつりぽつりと、小さな声で情報を交換する。
ありえることと想定していたことであっても、少しばかり気分は重たい。
だからと言ってここで家へ帰ったところで結果は変わらないのだけれども。
「お酒の飲み過ぎで亡くなったって、日常にうずもれてもおかしくないような理由じゃないですか。オウティさんだったら、もっと見せしめのような、他の派閥をけん制するようなやり方をするんじゃないかと」
「そうかもです。ただ、僕たちもあの人の話聞いただけで、実際どんな風に亡くなったかは知らないから、判断難しいです」
「そうですよね……。どちらにせよ、事を身内で収めたがっている感じはしますね」
【竜の庭】にちょっかいをかけたら、思ったより面倒なことになってしまったから、尻尾切りをしているのだろうという推測だ。そうなるとやはり女誑しに対しても、何らかのアクションがあってもおかしくない。
昨晩襲われたのも納得の現状である。
ただ、女誑しに指示を出したことが確実であるズークが死亡したとなると、その先はもう動かない可能性もある。
ズークに指示を出した者の存在がジェフだと繋がりとしてはわかるのだが、証拠はどこにもないのだ。殺せるチャンスがあるなら殺しておこう、くらいの監視体制なのかもしれない。
しばらく歩いていると、背が低い建物群が見えてくる。
既に完成した、長屋のような木造の家がいくつか並んでおり、今もなお新しいものが作られている。
それと並行して、おそらく騎士であろう人物たちが、ラフな格好をしてつるはしなどで木の根を掘り返していた。
訓練するために平らで広い土地を作っているのだろう。
ハルカのような魔法使いがいれば簡単な作業だが、普通はこうして地道な作業を繰り返すことで、はじめてなだらかな土地というのができるのである。
ハルカは言ってくれれば手伝うのになぁ、と考えてから首を振った。
あまり早くに環境が整って、退屈しのぎに色々と調査に乗り出されても困る。
駐屯地の完成がまだ遠いということは、ハルカたちにとっては猶予があるということだ。余計な手出しはするべきではない。
「忙しそうですね」
「フラッドさんいるです」
「どこですか?」
「あそこです」
少しかがんでモンタナの指先を追いかけると、部下たちらしき人物にあれこれ指示を出しているフラッドの姿が見えた。ハルカたちがよく知っているフラッドよりも、少しばかりきりっとしているようにも見える。
「真面目に働いてますね……。場所も分かりましたし、邪魔にならないうちに帰りましょうか」
北の門を出てせいぜい五分程度。
休日には街まで騎士たちがやってくるのも簡単な距離だ。
この間フラッドが揉めていたように、これからは街の冒険者やチンピラたちともめる騎士が出てきてもおかしくないだろう。
オウティにしてみれば身内のごたごたなんかさっさと片付けてしまいたいところに違いない。
回れ右をしてまたしばらく歩き、門をくぐって、呼び込みをしているような店主がいる店を冷やかし、ジェフの所在について尋ねて回る。
本当にその居場所を知りたいというよりも【竜の庭】のハルカが、ジェフを探しているという情報をばらまくためである。
そこで分かったのは、どうやらジェフが本当にここ数日街に姿を現していないらしいことと、北の街の裏通りがピリピリしており、いくつか大きな争いが発生しているらしいことだ。
「いやぁ、そのせいで暗くなってからは戸締りをしとかないと怖くてねぇ。まったく、上の人たちにはしっかりしてほしいもんだよ」
恰幅のいい強そうなおかみさんが自分の頬に手を当てて盛大なため息を吐く。
「冒険者同士の喧嘩ですか?」
「そう言われればそうだけどねぇ。どうせまた、身内で権力争いでもしてるんでしょ」
「母ちゃん、やめとけよ」
「聞かれたこと答えてるだけなんだから、大丈夫だって。まったくうちの旦那は臆病なんだから。あ、これ持ってってね。懲りずにたまには北の街にも来ておくれよ!」
紙に包んだ野菜を押し付けられ、お代を払おうとすると「いいからいいから」と店先から押し出されてしまう。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよいいの、あんたがいなきゃこの街はお終いだったって聞いてるんだから。北の街の連中もちょっとは見習ってかわいらしくなればいいのに……」
「母ちゃん、そりゃ無茶だって……」
「あんたは黙っときな!」
「あ、失礼しますね……」
パワフルなおかみさんだった。
押し付けられた野菜を障壁の箱の中にそっとしまって、二人はさらに自分たちの屋敷へ向かって歩く。
「うーん……。こっちに手を出す余裕もないのかもしれませんね」
「そですね。本気でやり合ってるなら、余計なところに人割きたくないはずです」
「なんだか嫌ですね、こういった身内の争いみたいなのは」
「うちではないです」
「権益に興味津々の人は、あまり仲間に入れないほうがいいかもしれません」
「コリンはどうです?」
モンタナが少しだけ笑ってハルカを見上げる。
冗談だとわかっているから、ハルカも軽い調子で答えた。
「コリンは私たちの財産を増やすことが好きなだけなので。別に自分が贅沢したいとかではないじゃないですか」
「僕にはあまりわかんないです」
「あれば備えにはなるなぁと思いますけど、発想が貧困なもので、私もこれ以上お金が増えてもよくわかりません」
良くも悪くも【竜の庭】には純粋な冒険者が多すぎて、コリンがいないと色々と困ることになりそうである。
今日漫画更新の日!!





