囮
ハルカたちがぞろぞろと庭へ出ても、女誑しの姿をすぐに見つけることはできなかった。
代わりと言っては何だが、ナギがとぐろを巻くような姿勢になっている。
「……ナギ、昨日の夜ここに来た男性どこかに隠してます?」
ハルカが声をかけると、ナギは何度か瞬きをしてから、ゆるーっとした動きで体をまっすぐに伸ばした。広い庭を貰ったおかげで姿勢を変えるのも楽でいいことである。
とぐろの真ん中から体育座りをした疲れ切った女誑しが出てきて、ハルカはやっぱりか、と思いながら顔を近づけてきたナギの頭をなでる。
「守ってあげて偉いですね」
ナギの鼻からふしゅーっと鼻息が漏れて、満足しているのが伝わってくる。
震えていてかわいそうだから守ってあげたのだろうけれど、女誑しにしてみれば生きた心地がしなかったことだろう。
結果的に襲われておらず、命が助かっているので問題はないのだろうけれど。
モンタナから話を聞いたハルカは、明日には彼らを別の街に届けることを決めている。
忙しさにかまけて、後回しにしていたのも良くなかったと反省していた。
苦のない生活をさせていたつもりだが、屋敷から一歩も出るなとなると、人によっては苦痛に思うことだろう。
小さくなっている女誑しにも、明日には出発するので準備するよう伝えると、のろのろと立ち上がって動き出した。もはや何かをしようという気力はそこにないようだった。
「それじゃあちょっと行ってきますので、留守番をお願いします。あの二人が適当に切り上げられるように見ていてあげてください」
「はーい……。あーあ、イースさん連れてくればよかったなー」
眠たそうなカーミラとユーリはお留守番。
アルベルトとレジーナは訓練をしているのでお留守番。お目付け役はコリンだ。
やや不満そうに返事が返ってくるのは、本当はコリンも一緒にお出かけをしたいからだろう。イーストンがいれば押し付けられる仕事だったが、彼は今拠点でのんびり過ごしている。
お出かけするハルカとモンタナは、数日間の食料を買い込んでくるつもりだ。
オランズは比較的涼しい地域だが、今は一年のうちで一番暖かいくらいの時期だ。
外で呼び込みをしている店主なんかは、額に汗していたりもする。
冒険者になって土木仕事をしていたのもこんな時期であったなーと思い出しながら、ハルカはぼんやりと店を眺めて歩いていた。
乾物を扱う店についたハルカは、必要な食料を買い込み袋に詰める。
たくさん買い込んだおかげでもらったおまけに、笑顔と共にお礼を言ったらどんどんおまけを詰め込まれて、最終的に店主が奥さんに怒られて止められた。
下手に笑顔を振りまくのも考え物である。
人通りの多い道をのんびりと歩きながらハルカは口を開く。
「昨日の夜外に出た人いるでしょう? あの人だけ別の街に送ろうと思っているんです。事の発端は彼ですし、他の冒険者の人たちは、巻き込まれたって感覚が強いようでした。同じ場所に送ると、後々報復とかにつながるのではないかと」
「そですか」
こくりとモンタナは頷く。
ハルカが考えてのことだったら、これもまた特に反対する理由はなかった。
近くなら〈プレイヌ〉、少し離れた場所なら〈アシュドゥル〉だろうか。
復興中の【ディセント王国】の元公爵領、現直轄領でもいい。
「……あの人は、元公爵領へ送ったらいいと思うです。多分、色々と仕事もあるですから」
国外へやってしまえば、〈オランズ〉へ戻るのにはまた一段階難易度が上がる。
全員のために、あの男はもうこの街に入ってこないほうがいいだろうとモンタナは考えていた。
「そうしましょうか」
ハルカはあの敏腕な姉弟子のことを思い出し、今頃は元公爵領が随分とにぎわっているであろうことを想像し頷いた。
それからまたしばらくのんびりと歩いたころ、今度はモンタナが問いかける。
「ハルカは、なんであれを見捨てないですか?」
「あの、ホストのような……ええと、女性相手の仕事をしている男性のことですよね?」
モンタナの表情を確認してハルカは続ける。
「まず第一に、殺されるほどのことをしたかなと。それから、今私たちに余裕があるというのが第二。その上で……、私が余程間違っていれば止めてもらえると思ってますし、何かあってもみんな頼りになるので、酷いことにはならないかなと」
人が死ぬということに関して、ハルカはやっぱり未だに抵抗がある。
相手が強者であればハルカも対応は考えるのだが、少なくともあの女誑し自体は、仲間たちをどうにかするような力を持っていない。
「……あとは、まぁ、よく考えがまとまってなくてもいいですか?」
耳のカフスを撫でながら確認をすると、モンタナは当然のように頷いた。
思考をまとめるように、ときおり言葉を区切りながらハルカは説明をする。
「相手の程度を知るのにもいいかなと、実は思ってました」
「どういうことです?」
「私たちの屋敷でかくまっているのに、なお、彼らを殺しに来るものがいたとします。……それって多分、本格的に私たちにも敵対する相手、じゃないかなと思うんです。アルベルト風に言うならば、舐められている状態になるんでしょうか」
ハルカの声は先ほどよりも低く小さいけれど、モンタナの耳にはちゃんと届いている。
長い付き合いだ。
どれくらいの声量で話せば聞こえるかくらいは把握している。
「誰かが殺しに来たら、その相手は突き止められるかなと。それがオウティさんならば、オウティさんと構える必要があります。そうでないならオウティさんはある程度私たちの存在を尊重してくれる相手なのかなって」
ハルカが止めなければオウティは本気で冒険者や女誑しを殺していたことだろう。
その理由が、自分が舐められたことによるものと、大事な取引相手であるハルカたちに迷惑をかけたこと、どちらの比率が大きいのかが重要だった。
自分のプライドを優先して必ず殺しに来るのであれば、何かあった時にオウティは取引相手として信用できない。ただし、逆に来ないのであれば、利害が一致する限りは取引ができる相手ということだ。
「それから、もしオウティさんと違う勢力が殺しに来たなら……積極的に交流を持とうとしてくれているオウティさんに、勢力をまとめてもらった方がいいかな、と。グリューさんに関しては性格がつかめてませんけど、オウティさんは結構計算高い方だと私は思うんです。モンタナとしてはどう思います?」
「そですね」
オウティの脅しや強気な態度は、そうした方がプラスになるからやっているのがぼんやりと分かる。決してオウティの演技が下手なわけではなく、これはハルカがオウティに対して恐怖心を持っておらず、冷静に観察できるからこそ気づけたことだ。
本人の気性も穏やかなわけではないが、必要となれば感情を抑え込むことができる人物であるのは確かだった。
「……いいと思うです。色々悩んでるの気づいてたですけど、想像してたよりずっと考えてたです」
これまでのハルカの悩み事の多くは、人との付き合いであったり、どう判断するべきかといったものであった。少し進んでも仲間たちがどう思うか、という個人的な視点からのものである。
ただ、今回の件ではどうやら違ったようだ。
ハルカは自分の感情だけではなく、【竜の庭】がこれから街でどのように生きていくのかを考えている。人の上に立たなければならないことを強制されて、少しばかり視点が変わったのかもしれない。
「……戦いに強い仲間ばかりだったり、手の届くところにずっといてくれるなら良かったんです。でも最近思うんですよ。こうして手広く活動するほど、組織としての力とか、周りとの関係が大事になってくるんだなと。今はサラもいますし、街の屋敷はコート夫妻かナディムさんたちに管理をお願いすることになるでしょう。あまり、甘えてばかり、その場しのぎではいけないなと」
冒険者はその場その場で適切な判断をすることが多いけれど、長い目で見た考え方はあまり得意でない。イーストンやコリンなんかは比較的得意な方だが、ハルカもまたそちらの方向で思考するタイプということなのだろう。
「頼りになるですね」
モンタナが素直に褒めると、ハルカは照れたように笑う。
「どうでしょう。本当は、もう少しだけ時間を使って、ズークさんとジェフさんという方について探ったらどうなるか試したかったんですが……。次々来客があって、考えがまとまらないうちに今日になってしまい……」
「……じゃ、行くですか、北の街」
さらっと言ってモンタナが進む向きを変える。
ハルカはそれをすぐに追いかけずに足を止めて問いかける。
「……私、変なこと言ってなかったですか? 大丈夫でしょうか?」
「わかんないです。でも何かあっても、アルもコリンもレジーナも屋敷にいるから大丈夫です。昨日から食客もいるですし。とりあえずやってみるですよ」
「……そうですね、とりあえず行ってみましょうか」
モンタナに背中を押されたハルカは、荷物を障壁の箱の中に入れて宙へ浮かし、北へ向いた足を動かし始めた。





