モンタナは厳しい?
とん、と窓から飛び降りてきたモンタナは、ナギの顔を掠って、音もなく地面へ降り立った。
尻尾がふわりとゆれ、モンタナは眠たそうに自分の頭をかき回す。
そうして耳がぴんと立ち上がったところで、やはりモンタナは足音を立てずに歩きだした。後ろからナギがソローっと首を伸ばしてついてきている。
「生きてたですか」
どちらに言うでもなく呟かれた言葉は、女誑しの生存を喜んでいるような節はなかった。実際モンタナにとってこの男の生死はあまり興味がなかったし、中途半端なことをして問題を招くくらいなら、ちゃんと死んでてくれても良かったと思っている。
「……たまたま北の街で遭遇したでござる。例の保護している冒険者でござるな?」
「冒険者じゃない方です」
「ああ、そっちでござるか。余計な真似をしたでござるか?」
「どっちでもいいです。死にたいですか?」
リョーガに対してシンプルに答えてから、モンタナは女誑しの横にしゃがんで首をかしげる。
「い、いや、先立つものが欲しくて……それに、ほら、閉じ込められてると外に出たくなるっていうか……」
モンタナは呆れかえった。
閉じ込めているのではなく、保護していたのだ。
それがわからないほどにどうしようもないのなら、きっとどこかへ送り届けたところで逆恨みするに決まっている。
「……好きにしていいです。でも、もう屋敷には戻らないでいいです」
「いや! 戻る戻る! あいつら本気で俺を殺す気だってわかったんだ。あの女、俺のことを売りやがって……」
恨み言を連ねる女誑しに、モンタナは首を振った。
「戻らないでいいです」
「いや、だから……」
「馬鹿でござるなぁ、お主。もう関わるなって言われてるでござるよ」
「そ、そんなことになったら、殺されるぞ……?」
「そですね」
「お、俺は死なないほうが、何か都合がよかったんじゃないのか……?」
あの状況で生かされたのだから、何かきっと、自分に利用価値があるに違いない。
この男は勝手にそう勘違いをしていた。
命を落とすほどのことではあるまい、と考えるハルカの気持ちなどこれっぽっちも汲み取れず、ただ己の都合のいい解釈だけをしていた。
「ただハルカが優しいだけです」
「あ、ぐ……、あ、あのハルカさんが宿主なんだろ……?」
「そです」
「その決定を勝手に変えたりしたら、ほら、まずいんじゃないのか?」
「まずくないです」
理由を説明するのが面倒だったモンタナは、それだけ答えて、あとは無言で男の顔を見つめた。
宿の決定は多数決で決める。
ハルカの意思が優先されることが多いのは、ハルカのやりたいということに反対するほどの強い意見が出ることがあまりないからだ。
この男の行動を報告して再度判断を仰げば、ハルカだって悲しい顔をしながらも追い出すことに賛成するとモンタナは信じている。そのほかは言わずもがなである。
リョーガさえいなければ勝手に出ていって勝手に死んでいた存在である。
わざわざ協議してハルカに悲しい顔をさせる必要などないだろう、というのがモンタナの考えであった。
しかしそれにしたって眠たいし煩わしい。
とにかく早くこの話を切り上げたくなったモンタナは、暗がりに連れ込んで殺しちゃえば手っ取り早いのに、と心の端っこでちょっとだけ考えながら回れ右した。
「な、なあ……」
そうして後ろからかけられた男の声を無視して窓の下まで歩き、たらされたシーツを掴む。上って部屋に戻ろうとしたところで、足元にナギが頭を滑り込ませて、そのまま窓までモンタナの体を持ち上げた。
モンタナの機嫌があまり良くないことを敏感に察したのか、到着した後、心配そうな顔で窓をのぞくナギに、モンタナはほんの少しだけ表情を和らげて、鼻の頭を何度か撫でてやる。
それからするするとシーツを部屋に引き上げると「おやすみです」とナギに声をかけ、しっかりと窓を閉めた。
事情は明日の朝リョーガから聞けばいい。
どこへでも行けとは伝えたし、あとはもうあの女誑しの判断次第だ。
どちらにせよ、明日以降、早めに屋敷で保護している者たちを別の街に運ぶことを提案することに決めて、モンタナは自室の扉を開ける。
そうしてベッドに体をうずめようとして、ぴたりと動きを止めると、のそのそとまた部屋を出て階段を下った。
すると玄関から顔を出したカーミラとユーリが、外にいるリョーガと話している声が聞こえる。
「あら、その方も出かけてたの……?」
「や、何やら事情があったようで……」
「……多分、勝手に出かけてる」
「端的に言うとそうでござるな」
モンタナは歩いて近付くと、隙間からリョーガのことを見て手招きをした。
「リョーガさんだけ入るです」
「い、いや、拙者は」
「入るです」
「……そうでござるな」
金を貰って頼まれたのは屋敷へ送り届けるところまでだ。
すでにそれに関しては達成しているが、終わったとたんにならば死ぬが良いというのはあまりにも、というのがリョーガの心情である。
ただ、眠たそうなモンタナの目が据わっており、どうも怒っているようにも見える。
当事者ではないけれど、怒る理由がわからないでもないリョーガは、二度目の催促に少しだけ考えて素直に従った。そうして女誑しに耳打ちをする。
「生き残りたくば、ナギ殿から離れんことでござる」
「待ってくれ、金なら……」
「幸運を祈るでござる」
最後まで言葉を聞かず、リョーガは扉の隙間にするりと体をねじ込んだ。
それを確認するや否や、モンタナは扉をばたりと閉め切って鍵をかけ、クッションが並べられた長椅子に寝転がる。
「部屋で寝ないの?」
「…………襲われてたら、一応外出るです」
どこかへ行ってくれるならばともかく、屋敷の近くで死なれても気分が悪い。
朝人通りが増えるまでの数時間、せいぜい怖い思いをすればいいと思いながら、モンタナは気を張ったまま目を閉じて体を休めることにした。
「モンタナ殿って、結構厳しいでござるか?」
「ううん、優しい」
リョーガの小さな声に、ユーリがフルフルと首を振った。
しかし、カーミラだけが唇に手を当てながら少し考えてからそれを否定する。
「多分……、身内以外には結構厳しいと思うわ。初対面の時、不意打ちで首を落とされそうになったもの。他にも思い当たる節がちらほら……」
「首って……何したでござるか」
「それは秘密」
秘密と言われればそれ以上追及しないリョーガは良い男である。
「しかし、よくそこから仲良くなれたでござるな」
「そうなのよね。……一緒に過ごすようになってからはいつも優しいわ」
「なるほど、かわいい顔に似合わずはっきりした御仁なのでござるな」
「そうねぇ……」
「モン君はかっこいいし優しいよ。いつもみんなのこと見てるお兄ちゃん」
ユーリが再度優しいと主張したところで、リョーガとカーミラが目を閉じているモンタナのことをじっと見る。
「お兄ちゃんでござるか」
背が小さくかわいらしいモンタナは、どうしても子供っぽく見えてしまう。
話している内容だけ聞いていればそんなこともないのだろうけれど、大概のものが見た目に引きずられてしまうのだ。
「……なんです」
「な、なんでもないでござる」
目を開けないままのモンタナからの問いかけに、リョーガは見えていないだろうに首を横に振った。
「そですか。ユーリ、こっち来るですよ」
モンタナは一度体を起こすと立っているユーリに手招きする。
そうして寄ってきたユーリの手を引くと、長椅子の上で抱き枕のようにして一緒に寝転がった。
サイズはまだ少しばかりモンタナの方が大きい。
「成長期だからちゃんと夜は寝るです」
「……うん」
目を閉じた二人を見て、大人二人は話の終わりを悟る。
「ユーリを取られちゃったわね」
「……拙者も、外の警戒をするでござるか」
カーミラはそっと長椅子の端に腰かけ、リョーガは刀を抱え込んで玄関に座った。
あと数時間で日が昇る。
女誑しは外で戦々恐々としていたが、ユーリを抱えて休むモンタナの心はそれなりに穏やかなものであった。





