複雑な関係
「スワム殿とノクト殿の間に確執があることは知っていた。ゆえにできるだけ接触を遅らせるつもりで、森に行かぬよう気にしていたのだが。まさか貴殿らが街に来ているとは思っていなかった」
以前にテロドスと会ったのは本拠点の方だった。
今回もまたそこにハルカたちがいる前提で動いていたせいで、後手に回ってしまったのだった。
テロドスと一緒にいるのはシュート一人だが、他の二人は自分の部隊のようなものを連れている。情報収集能力で劣るのは仕方のないことだろう。
「いらしていたのであれば、私たちも最初に挨拶に行くべきでした。押しかけるのもご迷惑かと思って後回しにしたのが良くなかったようです。師匠には本拠点へ戻ってもらっています」
「ままならぬな。私はこの街の防衛をするためにここにきた。だが、根本からたたくことを視野に入れている者もいる。〈混沌領〉へ入るための基地として拠点を提供するよう打診されたのでは?」
「はい、お断りしています」
テロドスは深いため息をついて腕を組んだ。
ガチャリと防具がぶつかって音を鳴らす。
「……そうか。すまぬが神殿騎士の上位席次はそれぞれに個別の決定権がある。私から彼らの動きを直接邪魔立てすることは難しい。代わりと言ってはなんだが、妙な動きを察知した場合は、シュートを報告に寄こそう」
「え? 私ですか?」
急に話を振られたシュートは嫌そうな顔をする。
前回のことでハルカたちに対する認識は変わっているが、どうしても苦手意識は残っている。
レジーナなどに対しては野蛮な人物であるという認識があって、一人できたら酷い目にあわされるんじゃないか、くらいに思っていた。
「うむ、そうだ。普段から個人的な買い物も頼んでいるので、出かけたところで疑われないだろう。いいな?」
「……承りました」
隠しきれない表情を見て、ハルカは苦笑するばかりだ。
元の世界のハルカの感覚だと、シュートくらいの方が年相応にも思えてしまう。
この世界の若者は早熟なものが多い。
「ありがとうございます」
「いや、当然のことだ。私からの話はそれだけだが、貴殿らからはなにかあるだろうか?」
何か聞いておくことはあっただろうかと考えていると、隣に座っていたモンタナが口を開く。
「どうしてこっちにそんなに気を使うです?」
「ふむ……。冒険者が、権利を侵害されることに敏感であると知っておるからだ。馬鹿にするわけではないが、私たちには【神聖国レジオン】という後ろ盾がある。対して【独立商業都市国家プレイヌ】は一介の冒険者を守ってはくれぬだろう? それぞれが自立して、自分の責任で生きている。そこの感覚の違いが、酷い争いを起こしかねんことを私は知っている」
「つまりなんです?」
「争いたくないのだ。私は、冒険者と破壊者のどちらをも敵にして戦おうとは思わん」
「他の人はなんでそれをするですか?」
「私は他の席持ちに比べると、旅を多くしてきた。だから冒険者と肩を並べることも、向こうに回すことも何度もあったのだ。だが、そうでないものもいる。知っているか知らぬかの違いだ。そしてそれは、直接目にして体感せねばわからぬ。人に言われてもにわかには信じられぬものだ」
「そですか。わかったです」
互いに笑いの一切挟まぬやり取りは、モンタナを納得させるに十分であったらしい。
そんな真面目な雰囲気の中、自分の前に大剣を抱えたアルベルトが、鞘の先で地面をこつんと叩いて言った。
「手合わせしてくれたりしねぇ?」
強い奴と戦って、もっと強くなる。
基本的にアルベルトの考えていることはそればかりだ。
シュートが眉間にしわを寄せ、テロドスは顔に皺を寄せて笑った。
もしかすると出会ってから初めての笑顔だったかもしれない。
「素直な青年だ。私にもそんな頃があったような気もする。手合わせしてみたいところだが、そんなことをしては他の上位席持ちから色々と問いただされてしまう」
「めんどくせぇなぁ……」
「うむ、そうなのだ」
今でこそ堂々として強面でいるテロドスだが、昔は武の向上を求めて無茶をした日々もあったのだろう。アルベルトのようなまっすぐな物言いには腹が立つどころか、親近感を覚えたようだ。
場の雰囲気が和らいだところで、今度はハルカが尋ねる。
「そういえばデクトさんはどうしていますか?」
「ああ、あの勤勉な男か。派遣されている者たちの大半は彼の管轄だ。その統率に忙しくしている。……ああ、そうか。デクト殿はコーディ卿の関係者であったな」
「そうですか……。ご迷惑でなければよろしくお伝えください」
「会うことがあれば」
深く頷くテロドスは、デクトに悪い印象は持っていないようだ。
「そちらの拠点づくりで困っていることはありませんか?」
「それもデクト殿へ聞いておこう」
「あ、それから、聞いた話によると第七席の方もいらしているとか?」
「ラクト殿か。……あれはあまり言葉を発さぬゆえ、どんな人物なのかわからぬのだ。年のころは四十半ば。すまぬが私は奴に関して語る言葉を持たぬ」
少しばかり嫌悪感をにじませた『奴』という言葉が引っかかった。
ハルカだけでなく、その場にいる全員が、そこに何か不穏な気配を感じ取る。
語れぬけれど注意するように、というテロドスからの忠告でもあるのだろう。
「ありがとうございます。街に暮らしている以上これからお付き合いもあるでしょうから、その時はどうぞよろしくお願いいたします」
「うむ。向こうにまわらぬことを願うばかりだ」
話が終わると、テロドスは速やかに屋敷から出て、ヘルムをかぶって堂々と通りの真ん中を歩いていく。すれ違った誰もが振り返ってみるくらいには目立っていた。
「なーんか、怪しいね、第七席の人。【異剣】のラクトさんだっけ?」
「そうですね……。ちょっと気を付けて情報を集めたいところです」
街に来ると人間関係が複雑化してどうにも大変だ。
「今日はもうのんびりしましょうか」
気疲れしたハルカが言うと「さんせーい」とコリンが同意して、皆連れ立ってぞろぞろと屋敷の中へ戻ることになったのだった。
お疲れ様です。
ただいま作者がコロナウィルスに感染しており、熱の中かいているため、いつも以上に誤字などあるかもしれませんが、ご了承ください。
それからニコニコ漫画の方で漫画が二つ始まっておりますので、良かったらご覧いただきお気に入りをくださると、とてもとても喜びます。
どうぞよろしくお願いいたします。
私の心はおじさんである
https://manga.nicovideo.jp/comic/69532
悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。
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