ばらばらに
「え」
「まじ?」
「おー……、です」
「…………若返りましたね」
食事の場に戻ってきたリョーガを見て、ハルカたちは目を丸くする。
何を言うべきか悩んで最後にストレートな言葉を投げたのはハルカだ。
髭をそり、脂ぎった髪の毛をすすぎ、きれいに一つにまとめただけで、リョーガの見た目が二十歳そこそこくらいに若返って見えた。
こうしてみると比較的童顔のようである。
「いやぁ、さっぱりしたでござる。こっちでは温泉も風呂もあまり見ないでござるからなぁ……。どうしても身ぎれいにするのが面倒になってしまうでござるよ」
「……一応、露天の風呂なら本拠点にありますよ」
ハルカは少しだけ迷って、どうやら風呂好きらしいリョーガに、クダン謹製の自慢のお風呂の存在を告げる。
「何でも申し付けるでござるよ。とりあえず、近日中にそっちに案内してほしいでござる」
「ハルカもだけど【神龍国朧】の人ってお風呂好きだよねー」
「心の洗濯でござる」
「心の洗濯もいいけど、一緒に暮らすなら毎日体綺麗にしてねー」
「承知した」
リョーガも別に汚らしいのが好きなわけではない。
ひとところに留まるのであれば、それなりに身ぎれいにするくらいの常識は持っている。
「ところで……、屋敷にはまだ幾人か滞在しているようでござるが……。挨拶をしてもいいでござるか?」
「いえ、あの方々には特に。そうですね、事情の説明をしておきましょう」
そういえば適当に彼らをどこかに送っていってやらなければならないなぁと、説明をしながら考えるハルカである。いつまでも屋敷に引きこもっていても、彼らだって気持ちが落ち込むばかりだし、期間が長くなるほどハルカたちは金がかかる。
誰も得をしない状況は早く解消すべきだ。
「組織は大きくなると面倒ごとが増えるでござるなぁ」
「そうなんですよね……。とにかく、そんな事情ですのであちらに関してはお気になさらず」
「ふむ。つまりこの街の勢力は、冒険者宿としてハルカ殿たち【竜の庭】、女性の多い【金色の翼】、そして裏に強い【悪党の宝】。【神聖国レジオン】の神殿騎士たち。あとはそれぞれの冒険者と、商人たちというとこでござるか」
こうして言い連ねてみると、結構ごたついている。
最後に商人たちとさらっと言われたが、街の南はその商人たちの縄張りだ。
彼らは個人的に優秀な護衛を雇っていたり、各冒険者とつながりがあったりする。
たぐっていくとどこに紐づいているか分かったものではない。
さらにこの街に支部を持つような商会となってくると、これまた一大勢力であったりする。今のところハルカが関わっているのは、〈ドラグナム商会〉くらいのものだが、あまり深入りはしないほうがいいだろう。
各街には薬師のギルドなんかもあるのだが、この辺りはグレーラインにある薬の調合などもしていることから、おそらく【悪党の宝】や、怪しい商人たちのつながりがあることだろう。
街で地道に階級を上げてきた冒険者なんかは、その辺りとの伝手やしがらみもある。ハルカたちの場合は遠征が多く、素早く階級を上げてしまったせいで、一般的な冒険者が得るはずの街の裏側の話にはあまり詳しくないのが弱点でもあった。
「【金色の翼】はそこの宿主と仲良くさせてもらっているので、あまり心配ありません。ただ、それ以外となると何をどう思っているかまではわかりませんね」
「街の枠組みにうまく収まれていないようでござるな」
「そう思いますか?」
ハルカが困った顔で問い返すと、リョーガは苦笑する。
ひげをそっただけで、武芸者というよりも、育ちのよい若様といった雰囲気が出るから不思議だ。
「仕方がないでござるよ。新参な上、ハルカ殿は特級冒険者なんでござろう? 枠はこれから作られるところでござる」
「あたしたちはこの街で育ったんだけどねー?」
「そうでござったか。であれば、そちらと手を取るのが一番手っ取り早いでござるが」
「んー……、多分それをしたら勢力の均衡がぐちゃぐちゃになっちゃいそうって、皆は言ってるかなー。だから私たちは、一から自分たちの立ち位置を確立するしかないんだと思う。それにパパの力は借りたくないし……」
コリンのポロリと漏らした本音を、リョーガは咎めたりしなかった。
「大人になれば頼るのも間違いではないとわかるのでござるが、どうしても自分の力でない気がして悔しいんでござるよな。拙者も国元を出た理由の半分くらいはそれでござる」
「そうなんだよねー……、リョーガさん話が分かるよね」
最初に会ったときからであるが、このリョーガという侍は妙に人の懐に入り込むのがうまい。
言葉の端々にユーモアがある上に、知恵者である雰囲気ものぞかせてくるから、なんとなく頼りにしたくなるのだ。〈グルディグランド〉で、領主の息子に『先生』と呼ばれていたのにも納得である。
食事を終えた後、リョーガはふらりと街へ出ていった。
来て間もないから土地勘をつけたいのだそうだ。
ハルカたちが案内を申し出ると「自分の足で歩き、考えねば身につかぬゆえ」と断られてしまった。
リョーガが出ていってしばらく。
それぞれ庭で訓練をしたり、屋敷の中でのんびりしたりしていると、またも屋敷のノッカーが仕事をした。
控えめな音にすぐさま気付いたのは、耳をピクリと動かしたモンタナだった。
「誰か来たですね」
「なんだか慌ただしいですね」
ソファで手帳を眺めていたハルカは、すぐに立ち上がって玄関へ向かう。
「今開けます」
扉を開けて、すぐ近くに立っていたのは以前と変わらぬ鎧を着た騎士、テロドス=ジュベイルであった。街中だというのに全身鎧を着る意味はあるのだろうかと、ハルカは疑問に思ったが、常在戦場という言葉を思い浮かべながら思考から除外した。
以前レジーナに『面見せろ』と文句を言われたことを覚えているのか、今日は最初から兜を従者のシュートに預けている。
「スワム殿が先に挨拶に来たと聞いて、問題はなかったかと確認に。私が窓口になるつもりであったのだが、あの御仁はどうにも行動が早く。組織として連携が成っておらず申し訳ない」
「そんなわざわざ。特に問題は…………、ええと、上がってください。お茶でも淹れますので」
「ご迷惑になるだろう、ここで結構」
「いえ、そう言わずに是非」
「……そうか、では失礼して」
正直なところフルアーマーのテロドスは悪目立ちをしていた。
ここで話していると街の人の注目の的になってしまって落ち着かないので、話すのであれば中に入ってほしいという気持ちもあった。





