ひらけていく
国元を離れてからの故国での動きを知って、リョーガは腕を組んで唸った。
「【神龍国朧】はそんなことになっていたでござるか」
「急ぎ戻りますか?」
聞いた話からすると、国元がバタついている状況で、〈御豪泊〉がリョーガほどの戦力を遊ばせている余裕があるとは思えない。
緊張しているエニシの代わりにハルカが尋ねる。
「元々十年は帰らん予定だったでござる。刻限まではあと三年。拙者一人戻って変わるような戦況はござらん。そんなことよりもエニシ様も大変でご苦労なされたようでござるな。運命を見るだけがエニシ様の功績ではなかろうに……。まったくもって我欲の強い者が力を持つとろくなことがござらん」
「〈御豪泊〉はエニシさんの思想に影響を受けたとか?」
「〈御豪泊〉は、元々賛同できぬ思想の下で人を殺すことに嫌気がさした武辺者の集まりでござる。ハルカ殿は巫女がどうして神龍島にいるかご存じでござるか?」
「聞いています」
巫女は神龍の世話係だ。
特殊な力を持つ女性が集められて、神龍島で暮らしている。
神龍に守られているのと同時に、神龍島という鳥かごの中に囚われた存在でもある。
「無理に親と引きはがされ、奉じられた存在。そんな巫女の総代が国を少しでも平和に、民が少しでも健やかに暮らせるよう努める姿は、〈御豪泊〉の豪傑たちに刺さったでござるよ。ここで出会ったのも何かの縁でござろう。戻るのであらばエニシ様と同じ時にするでござる」
「国のものにそう言ってもらえるのは心強い限りだ。……しかし、先ほど話した通り、我は今ではすっかり嘘つき呼ばわりされておる。御輿として担ぐには軽すぎるかもしれんぞ」
「ああ、それは問題ないでござる。むしろ会わせていいものか悩むくらい、エニシ様に会ったら狂喜乱舞すると思うでござる」
リョーガが遠い目をしたのは、そんな身内の姿を想像してうんざりしたからである。まず間違いなく、連れて帰れば想像の再現がなされることであろう。
「……我、てっきり〈御豪泊〉のものには好かれておらんと思っておったぞ。窓口を開いていたのに、使者の一つも寄こさなんだからな。商人からの評判から想像すると、そんなことはないはずなのだがと、いつも首をひねっておった」
「それはいい年をしたおっさんが照れていたからでござる。あの人たちはいつも立派だというのに、その件に関してだけはどうしようもなく阿呆でござるからして」
「悪い気はせぬが、できれば総代をしている間に便りの一つでも欲しかった……」
「その恨み言はあのおっさんたちに直接言ってほしいでござる。先ほど話した通り、敵が多いので公的な使節を送り難いという事情も実際あったでござるけどな」
外でパタパタと歩く足音が聞こえてきて、ハルカは随分と時間がたっていることに気が付いた。きっと部屋の外ではリョーガの身を清めるための桶やら服やらが用意されているはずだ。
「……お話はひとまずこの辺りにしておきましょうか。これから一緒に過ごすのならば、まだまだ時間はあります。リョーガさんもお腹がすきませんか?」
「……実は、腹ペコでござる。先ほど茶菓子を頂いたが、そろそろ限界が近いでござるな」
「エニシさんも、それでいいですか?」
「うむ、良い」
立ち上がり扉を開けると、玄関でカーミラが椅子に座ってうとうととしていた。
耳を澄ませると外からアルベルトとコリンの声が聞こえる。
いつの間にかユーリを連れて、ナギと遊んでいるようであった。
代わりにモンタナが細かい手作業をしており、扉が開くのと同時に手を止める。
「体拭くものと、着替え用意してあるです。案内するですよ」
「かたじけないでござる」
リョーガがモンタナについていったところで、ハルカは眠っているカーミラに声をかける。
「眠るならお部屋に戻りましょう。ここにいるとそのうち日が差しますよ」
「……ん、そうね」
目をこすりながらふらっと立ち上がったカーミラが、そのまま自室へと歩いていく。部屋割りは本拠点と同じだから、新築でも移動には慣れたものだ。
「ハルカよ」
カーミラの後姿を見送っていると、後ろからエニシに声をかけられて振り返る。
見えたのはエニシの頭頂部だった。
「また、世話になってしまった。いつも本当にありがとう」
「たまたま、縁がつながっただけです。お礼もいつもしてもらってます。そんなにかしこまらなくていいんですよ」
「いや、何も持たぬ我が今こうして先を見据えることができるのも、全てはハルカとこの宿のおかげだ。いくら言っても足りぬ」
「……それじゃあ、受け取っておきます。でも私たちだってエニシさんからもらってるものはあります」
「そんなものあるか……?」
「拠点の皆は、エニシさんがいるお陰で明るくなってます。今は街へ来たので解消されていますが、サラが冒険者になった後のコート夫妻は、エニシさんがいたことで気がまぎれていたと思いますよ。あなたが今いる場所は、初めのうちこそ私たちが渡したものだったかもしれませんが、今はあなた自身が動いて得たものです」
エニシはいつものようにきれいにではなく、少しだけ顔に皺を寄せて泣き笑いのような表情を浮かべる。
「ハルカはなぁ、優しすぎるのが良くない。すごく良くないぞ。ここは居心地が良すぎるのだ。まったく、やるべきことがあるのに困るではないか」
とんとぶつかってきた体を受け止めて、ハルカは背中を軽くたたいてやる。
責められているのか褒められているのか微妙なところだ。
エニシは何でも背負ってしまう。
自分一人がやらなければならないと思い込んでしまう。
そんなエニシにとって、ここにいる間くらい穏やかに暮らしてほしいと思うハルカの気持ちは、ある意味毒のようなものだ。
それでもエニシを甘やかすのは、これもある意味、ハルカの我がままなのかもしれなかった。





