心当たり
ハルカたちが屋敷へ戻ると、真っ先にエニシが出迎えにきた。来客を迎えるための部屋から出てきたので、何者かがやって来ている事がわかる。
「どなたかいらしてますか?」
「リョーガという侍が来ている。我のことを絵姿で知っているようだったから、エイダと名乗って話を聞いていた。〈グルディグランド〉という地で知り合ったと言っておるが、間違いないか?」
「ああ、リョーガさんですか。お相手ありがとうございます。何か良い話は聞けましたか?」
「……修行の身だと言っておった。残念ながら大陸に来てからのことしか聞けておらぬ。奴の所属する〈御豪泊〉は【神龍国朧】においても、島を一つ差配する勢力なのだ。我としては、味方に引き入れたい勢力でもあるのだが……、もし、迷惑ならもう探りを入れるのはやめる」
エニシの事情はよく知っている。
何か言われる前ならば行動しても許されるだろうという計算高さはあるが、もしダメならばこの方法は諦めると、ハルカたちに対する気遣いも見られた。
ハルカはポンとエニシの肩を叩いて、応接室に足を向けながら話す。
「何か手助けが必要なら言ってください。あまりに相手に迷惑のかかることでなければ、手を貸します」
「恩に着る……!」
何も騙して利用しようと言うわけではない。
相手の人柄や〈御豪泊〉の内情を探って、きちんと事情を説明して協力を仰ぐのだろうとハルカは考えている。
やろうとしていることが大きなことなので、適当なことを言って誤魔化したところで最終的にうまくいかないことくらい、エニシならわかっているはずだからだ。
それにリョーガは旅先で出会った相手だが、エニシは少なくともそれなりの時間を一緒に暮らした相手だ。
もうすっかり懐に入り込んでしまっているので、突き放そうとは思えない。
扉をノックしてから顔を覗かせるとリョーガが立ち上がって待っていた。
「いやぁ、久しぶりでござるな。ハルカ殿も、アルベルト殿も。おお、ぞろぞろとお仲間もいるでござるか。相変わらず仲が良さそうでござるなぁ」
「お久しぶりです。グルディグランドの方は落ち着いたんですか?」
「ああ、そこなエイダ殿にも話したところでござるが、後継者が決まった時点で、これまでの確執は忘れ協力し合え、と領主殿からの鶴の一声が発せられたでござる。おかげで拙者はお役御免でござる」
「決まったんですか? 確か二十数人兄弟がいたはずですが」
「二十七人でござるな。領主殿とよく似た剛毅な長男が跡を継ぐことになったでござる。そんなわけで拙者は約束通りハルカ殿の拠点を訪ねてきたでござるよ」
そういえばアルベルトとの決着がついておらず、そのうちやってくるという話だった。相変わらずよれっとした格好をしているが、こう見えてリョーガはなかなかの強者である。
「遠路はるばる〈オランズ〉へようこそ。試合は……構いませんが、まずは歓迎させてください」
「いやはやかたじけない。拙者よるべを持たぬ身でござるから、こちらで知らぬ顔をされたら途方に暮れるところでござった。懐も心細くなってきてござるからなぁ」
何やら雲行きが怪しくなってきたハルカは、このリョーガという侍の現在の職業について、遠回しに尋ねてみる。
「冒険者の登録はされていないんですか?」
「いずれは【朧】へ帰るでござるからして。それにしてもここは立派な屋敷でござるな。その強さを思えば当然のことでござるが、これならばしばし厄介になってもなんの負担にもならなそうでござる」
「あ、もしかして居候するつもりってこと?」
直球ストレートのコリンの質問に、リョーガはカカカッと笑った。
「ありていに言えばそうでござる。なに、拙者も恥知らずではござらん。一宿一飯の恩義はきちんと返すでござる。食客としておいてはもらえんでござるか?」
リョーガが義理堅いことは知っている。
何せどうしようもない領主のドラ息子を、その身が危ないからといって安全になるまで見守ってきた男だ。
実力も折り紙付きであり、いずれ【朧】へ行くことを考えれば刀を使う相手との訓練は、是非とも積んでおきたいところだ。
ハルカはチラリとエニシの方を見やる。
エニシは緊張した面持ちで、上目遣いでちらりとハルカのことを見てからすぐに俯いた。言いたい事があるのを我慢したのだろうと考えたハルカは、仲間たちの表情を見てからリョーガにつげる。
「構いませんよ。この街にいる間は私たちが衣食住をお世話します。部屋もたくさんありますからね」
「ありがたい! 改めて名乗らせてもらおう。拙者、所属は〈御豪泊〉、名をリョーガ=トキと申すでござる。宿を借りる間、なんでも申しつけるでござるよ。心に反することでなければ二つ返事でやらせていただく所存!」
元気な挨拶に対して、我慢しきれなかったアルベルトがずいと前に出て口を開く。
「あとで手合わせしろよ」
「お、首は綺麗に洗ったでござるか?」
自分の首を手のひらでトンと叩いたリョーガに対して、アルベルトは変な顔をして答える。
「お前こそ服とか体とか綺麗にしろよな。臭いぞ」
「そ、そうでござるか? 一応街に入る前に湖で身を清めたでござるが……」
「いつの話だよ」
「七日前でござる。そんなに臭うでござるか?」
ハルカとユーリがふいっと目を逸らし、それ以外全員が頷いた。
「……服はこれ一着しかないんでござるよなぁ」
「買ってあげるし、なんなら仕立ててもいいから、この屋敷を使うなら体綺麗にして着替えてからにしてほしいなー、とか」
「とりあえず服貸してやるから、まず体綺麗にしろよ」
あまりお金を使いたがらないコリンがお手上げ状態で提案すれば、アルベルトがすぐ後に続く。
「ふむ、ではお言葉に甘えるでござる」
その一言に話は終わりだなと動き出したハルカたちだったが、リョーガはさらに一言付け加えた。
「ハルカ殿にだけ、一つ話があるでござるよ」
「私だけですか?」
「そうでござる。ハルカ殿がここのものたちの代表でござろう?」
「……そうですね、では話を聞きます。すぐに終わりますか?」
「返答次第でござる」
ゾロゾロと仲間たちが出ていく中、ハルカとリョーガだけが再び腰を下ろす。
心配そうに振り返ったエニシは、リョーガとバッチリ目があって、逃げるようにして部屋から出ていった。
扉が閉まると、リョーガは難しい顔をして顎に生えた無精髭を撫でる。
「話とは?」
「ふーむ……、先ほど拙者を歓待してくれたエイダという子、【神龍国朧】の子ではござらんか? それも何か事情を抱えているように見えたでござる」
さて、どう答えたものか。
ハルカはリョーガの目をじっと見つめ返しながら、返答の内容を考えるのであった。





