千客万来
「多分レジーナの言ってることは正しいと思うんですよね。レジーナがああ言ってくれなければうまく話が進まなかったかもしれません」
ハルカは自分の話の進め方が迂遠である自覚がある。
本当に伝えたいことがうまく伝わらなかったり、説得力に欠けるのは反省すべき点だと思っている。
「それでも、時間に余裕のある時は、レジーナの言葉を聞いた相手が嫌な思いをしないよう少しだけ考えてあげてみてください」
「めんどくせぇ」
「はい、めんどくさいかもしれないです。でも、私は言葉一つでレジーナが人から嫌われるのはもったいないと思います」
レジーナは表情を険しくする。
怒っているわけではなく、真面目に考えているだけなのがわかるから、ハルカもそれに関しては何も言わない。
「別に、どうでもいい奴がどう思うが知ったこっちゃねぇよ」
「そうですか……」
「ハルカこそ」
レジーナがじろりと睨みつける。
「強いんだからもっと堂々と話せ」
「……それは、本当にもう、はい、その通りで」
「そういうのが必要な時もあるよねー」
「別に今のままでもいいです」
不満気なレジーナの肩を持ったのがコリンで、ハルカに寄り添ったのがモンタナだ。ハルカに普段から甘えているカーミラとユーリがそれに続いて頷いた。
「モンタナってハルカに甘いよな」
アルベルトにさりげなく言われた言葉が意外と的を射ていて、ふいっと目を逸らすモンタナ。
ハルカの心の動きが見えているからこそ、いつの間にか甘くなってしまうのだ。
「ハルカは交渉の場面とか、どうしても伝えたいことがある場合はもっと強気で。レジーナは普段からもう少し優しい言葉を使えるようにしよーってことで」
「はい……」
レジーナから返事は戻ってこなかったけれど、顔つきからして聞いていないわけではないようだった。
さて、街へ一緒についてきたエニシは、コート夫妻と共に屋敷の中で過ごしていた。二人が子供のように扱ってくれることが、故郷での暮らしからすると新鮮で嬉しいらしく、一緒に料理をしたり、掃除をしたりしている。
各部屋に閉じこもっている男たちに食事を運んでやるのもエニシの仕事だ。
こっそりと探りなんかを入れていたりするのだが、大体みんなエニシとおしゃべりをするとご機嫌になるのでそう悪い仕事ではないと本人は思っている。
長く人の上に立っていたエニシは、意外と人の心の隙間に入り込むのが上手である。
状況不安の中部屋に閉じこもるしかない冒険者たちにとっては、食事とともにやってくる数少ない癒しの時間であった。
一方で女誑しの男は、どうにもエニシを篭絡しようと試みている節がある。
馬鹿めと思いながらも乗ったふりをしながら話を聞きだそうとしたエニシだが、そのうち自慢話しか出てこなくなって辟易としてしまった。
これをだれだれに渡してほしいとか、手紙を託され、勝手に中身を拝見すると、女への金の無心しか書いていなかった。どうやら、どこかほかの街へ行く前に金策をしておきたいだけらしいと判断したエニシは、それ以来手紙を預かることを断っている。
ハルカたちが冒険者ギルドへ赴いている間、ダスティンが買い物にでかけ、ダリアが食事の下ごしらえ。
そんな折、玄関からノック音が聞こえ「たのもう!」と何やら妙な文句が聞こえてきた。エニシは聞きなれたものであるが、ダリアははてと首をかしげる。
「エニシちゃん、出てきてくれる?」
「わかったのだ」
閉じこもっている男たちの前ではかわい子ぶるが、コート夫妻の前では普通の言葉遣いのエニシは、素直に手を拭いて玄関へ向かう。
玄関扉を細く開けて顔を覗かせると、そこにはボロ布のような前合わせの服を身にまとい、腰に大小の刀を帯びた無精ひげの男が立っていた。
「縁があり訪ねてきたのでござるが……、はて、どこかで見たことのあるような少女でござるな……? あいや、失礼。ハルカ殿は御在宅でござるか?」
「……今は出かけておる」
「ぐぬ、では外で待たせていただくでござる」
明らかに【神龍国朧】出身の侍か浪人の格好だ。
どこの誰と分からない以上、エニシはあまり関わりを持つべきではない。
もし自分に対する追手であれば、ただでは済まない。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「む、拙者としたことが……、名乗っておらなんだ。拙者、〈御豪泊〉の侍、リョーガ=トキにござる。ハルカ殿とはここより北の国、【ディセント王国】の〈グルディグランド〉で知り合ったでござるよ。決して怪しい者でもござらんし、争いに来たわけでもござらん。そう不安そうな顔をするでないでござる」
〈御豪泊〉は【神龍国朧】の中でも、領土拡張の野心なく、【一身槍】と呼ばれる豪傑を中心に志高くする者たちが集い、民と共に暮らす平和な島だ。
両脇を好戦的な大名に囲まれているため勢力の維持には苦心しているようだったが、エニシにとってはいつかコンタクトを取りたいと願っていた勢力である。
「ハルカの客なら上がるとよい」
「かたじけない」
エニシは扉を開けて、リョーガを中へ迎え入れる。
玄関へ一歩入ったリョーガは「ふーむ……」と言いながら改めてエニシを見て、首をひねりながら言った。
「いやどうにも、お主は拙者が敬愛する方によく似てるでござるな。ま、絵姿でしか見たことがないのでござるがな!」
「……そうか」
リョーガを別室に案内したエニシは、コート夫妻に客人が来たことを伝え、その客がいる間、自分の名前を呼ばないようお願いする。
事情を伝えずとも了承してくれたことに感謝しながら、エニシは茶を持ってリョーガのもとへと戻った。
ハルカが帰ってくるまで、リョーガを歓待するのと同時に、〈御豪泊〉の事情を探っておくつもりでいた。





