コンビの新人冒険者
キンバリーがシャフトと出会ったのは、もう十年以上前のことだ。
二人組の片割れが、その時すでに中堅冒険者であったキンバリーに声をかけ、面倒くさいと思っていたはずなのに、いつの間にか言いくるめられ、気付けば一緒に活動をするようになっていた。
片割れの少年、ラルフの口が異様によく回ったせいだ。
そしてぶすったれたもう一人の少年、それがシャフトだった。
ラルフの学習能力と向上心は目を見張るものがあり、キンバリーは一緒に活動して間もないころから、こいつは大物になるぞと思ったものだった。
だが肝心の本人は、シャフトのことを立ててばかりで、自分は別にと謙遜ばかりしている。
そしてシャフトもまた、少しばかり腕が立つことにかまけて、他の全てをラルフに任せているようだった。
そんな態度でいるといつか後悔するぞと、キンバリーは早い段階から注意をしていたが、確かに実力を伸ばし続けるシャフトは聞く耳を持たなかった。
キンバリーにしても、当時昇級が頭打ちになっていたというのに、この二人と組むようになってからすぐに昇級することができて、生活が楽になった。そうなるともはや、多少シャフトが鼻持ちならなくても、離れるという選択肢は見えなくなる。
それから十年もたち、今では二級冒険者になっていることを思えば、その時の選択は間違っていなかったのだろう。
五年前、ついに三級冒険者となったラルフは、唐突にチームを抜けることを宣言した。謝罪と共に行われたそれは、誰にも相談されずに決められたことだった。
これ以上一緒にやっていても、自分のためにも、シャフトのためにもならない。
一人で自分の力を試したい。
しばし放心してから「好きにしたら?」と言ったシャフトは、簡単にラルフに背を向けてその場を立ち去った。
一方で残ったメンバーは、必死にラルフのことを引き留める。
知識が豊富でなんだって器用にこなすラルフは、チームにとって必要不可欠な存在になっていた。
それでもラルフは頑として譲らない。
そして自分が抜けても問題ないことを丁寧に説明した。
交渉事に関してはキンバリーが。
知識や情報に関してはまた別のものが。
瞬間的な判断に関してはもう一人が。
それぞれ協力すれば、もはや自分がいてもいなくても変わらないと。
そして戦闘能力に関しては、自分がチームの全員に劣っているというのが、ラルフの言葉だった。
色々と説得の言葉を用意していたラルフだが、その中でも特に熱を帯びていた言葉は、シャフトの足を引っ張りたくない、というものだった。
本人には絶対に言わないでくれと約束をさせられたそれは、幼いころから一緒に生きてきたシャフトに対する友情と劣等感が込められたものだった。
「それにほら、あの通りシャフトは俺がいなくても大丈夫そうでしょう?」
シャフトの去っていった方を見ながら苦笑したラルフは、話は終わったとばかりにその場を立ち去った。
キンバリーも仲間たちもそれをただ見送ることしかできなかった。
「ラルフいつ戻ってくんの?」
数カ月期間を置いてから、シャフトが不意に発した言葉だった。
一緒にいるのが当たり前だったシャフトは、ラルフの言葉をまともにとらえていなかったのだ。
そのうち戻ってくるだろうと、高を括っていたのかもしれないし、そうであってほしいという願望を信じ切っていたのかもしれない。
キンバリーは怒りを覚えてシャフトを叱った。
もう戻ってこないだろうと。
一緒に活動したかったのならば、なぜあの時にもっと言葉を尽くし、必死に引き止めることをしなかったのかと。
なぜ怒っているのかをすぐには理解できなかったシャフトは、不満そうな顔をして「いや、だからいつ戻ってくんの?」「じゃあどうしたらいいの」と繰り返して、キンバリーを呆れさせた。
その時はどうにもならないとあきらめたキンバリーだったが、数日して狼狽えた様子のシャフトに「絶対に戻らないって言われた。どうしたらいい?」と相談されて、またも呆れた。
「知らねぇよ」と答えてからしばらく、シャフトはふさぎ込んで外へ出なくなってしまった。
どうしたもんかと悩んでいるうちに勝手に復活したシャフトは、少しばかり様子が変わっていた。今までは訓練をしていても、いつもどこかいい加減だったのに、妙にまじめに取り組むようになったのだ。
いい加減にやっていてもチームの中では圧倒的に強かったシャフトが本気を出すとどうなるか。
当然チームとの実力差がガンガン離れていく。
それに引っ張られる形で難しい依頼をこなし続けたチームメンバーは、いつの間にやら分不相応に階級が上がってしまっていた。
ここにきてようやくキンバリーたちは、ラルフが言っていた『足を引っ張りたくない』の意味に気づいたのだ。
ラルフは、シャフトのこの圧倒的な才能に気づいていた。
そして離れることで見事にそれを開花させたのだった。
一級冒険者になったシャフトとチームで活動していると、やはりどうしてもキンバリーたちは足を引っ張ってしまう。
気づくのが遅れたが、この辺りが引き際なのだろうと、仲間たちと相談しキンバリーはチームの解散をシャフトに提案した。
ラルフの離脱をあっさり受け入れたシャフトのことだから、当然自分たちもあっさりと受け入れられるだろうと思っていた。
ところがシャフトから返ってきた言葉は「嫌だ」の一言だった。
キンバリーたちだってシャフトのことが嫌いで解散を提案しているわけではない。
そう言われては無理やり離れることは、少しばかり難しかった。





