比較的平和な一日
静かに過ごせたのは昼頃までだった。
店開きしたままみんなで食事をしていると、見覚えのある人物を先頭に四人組がやってくる。シャフトと同年代が二人、少し歳を重ねたものが一人。
その青年が話しかけた相手はハルカだった。
「何してるの?」
「モンタナが、店をやっているので一緒にのんびりしてました」
「ふーん、器用だね」
「シャフトさんは買い物ですか?」
「いや、売り込みに」
「何か作っているんですか?」
「違うけど?」
このシャフトという槍使いの青年は、どうにもマイペースで話を掴みにくい。アンデッド討伐の時に、ともに〈忘れ人の墓場〉に乗り込んでくれた一級冒険者なのだが、宿を作らずに自由に暮らしているようだ。
「あ、そうだ。僕たちも中型飛竜の卵を取って帰ってきたんだよ。大型はちょっと手強くて、相手をしているうちに、めちゃくちゃやばそうな竜が近くに来たから逃げたんだけど。竜の育て方教えてよ」
「あ、はい。中型でしたら、多分私たちより飛竜便屋さんに聞いた方がいいかと。話は通しておきます」
「ありがとう」
そこでぷつりと会話が途切れたにもかかわらず、しばらくしてもシャフトはその場にとどまっている。
竜の話が本命で、売り込みというからこれから店でも開くのだとばかり思っていたハルカだが、どうやらそうではなさそうだ。
後ろに控えた仲間らしき冒険者たちに、背中を突かれてシャフトは「え、何?」と言って振り返る。
「何じゃないだろ、話をちゃんとしろよ。困ってるじゃねぇか」
「したじゃん」
「あれじゃあ通じねぇって!」
仲間たちとの関係は良好なようだ。
気の置けない間柄であることが一目でわかる。
「……あのー……」
「は、はい!」
「何か他にご用事があるなら伺いますが……?」
「え? 別にないけど」
緊張した様子で返事をした仲間たちが、用事がないと言い放ったシャフトの頭や背中を一斉にどつく。
「なにすんの、本当のこと言ってるのに」
「すいません、こいつ話が通じなくて。【竜の庭】が街に拠点を作ったって聞いたんですが、本当でしょうか?」
「ええ、まぁ、作ってもらったので、使わせてもらっていますけど」
「てことは、仲間の募集ってかけますよね? こいつ宿は作らないわ、誰かの下につくのは嫌だとわがまま言うわで困ってたんですけど、【竜の庭】なら入るって言い出して……」
「ええっと、売り込みってつまり……?」
「僕たちの売り込み。ラルフは支部長になっちゃって、もう戻ってきそうにないし。本当はあいつに宿作ってもらうつもりだったのに。仕方ないからそっちに入れてもらおうかなって」
「仕方ないとか言うな!」
饒舌で腰の低い男が、シャフトの背中を拳で殴る。先ほどからずっとフォローを続けている男で、他の三人よりも十歳以上年が上のように見える。
「すいませんね、ほんとコイツ悪気はないんです。誰に対しても失礼なだけで……」
「入れてくれる? 一級一人、二級二人、三級一人」
シャフトとしては初めからこの話をしているつもりだったのだろうけれど、ハルカに伝えるためにはあまりにも言葉が足りていなかった。
ただ、伝わったところでどうぞとこの場では答えられない。ただでさえ問題をたくさん抱えている状況だ。共有することが難しい秘密だってある。
現段階で宿のメンバーを増やすことには大きな抵抗があった。
「すみませんが……」
「ちょ、ちょ、ちょっとだけ待ってくれ。断るならほら、他の仲間とかにも相談してみてくれないか? 俺たち、宿こそ入ってないが、実績は十分にあるんだ。せめてこいつ、シャフトだけでも……」
「僕だけなら入らないけど」
「うるせぃ、お前は黙ってろ!」
何か事情でもあるようだ。
親子のようなやり取りの中に、どことなく必死な様子が伝わってくる。
先延ばしにしても今は入れるわけにいかない。
「わかりました。今晩にでも相談してみますので、明日また、どなたか拠点の方に来ていただくことはできますか?」
それでも話し合うというフェーズさえあれば納得するのならば、とハルカは譲歩を口にする。
「ありがたい! ぜひ頼む……!」
拝むように礼を言う男と、拗ねたような顔でそっぽを向くシャフトの態度は対照的であった。どうにも、元の自分と同年代の男から一生懸命に頼みこまれると、うまく断りきれないハルカである。
シャフトたちが立ち去った後も、時折客はちらほらときていたが、だんだんとどこで噂が流れているのかメンバーを募集していると勘違いした冒険者たちがやってくるようになってしまった。
強面が次々とやってくるせいで、普通の客足は遠のく一方である。
そんな中にも、単純にモンタナの作ったアクセサリーに目を奪われて、目的を忘れて買っていくような人物も数人いた。
それで満足しているのか、モンタナは特に邪魔されたというような認識はないようである。
「冒険者ギルドでも開いてみるですか」
と、前向きな発言まで聞かれた。
夕暮れ時になって、人が減り出した頃。
一心不乱に絵を描いていた男が、突然ばたんと後ろに体を投げ出した。倒れたのかと驚いて駆け寄ったハルカだが「できた、できたぞぉ」と満足気なつぶやきが聞こえてぴたりと足を止める。
どうやら問題はなさそうである。
絵を覗き込みたい気持ちもあったが、回れ右して元の場所へ戻ることにした。
するとそこへやってきたのは、これまた見覚えのある、特別に人相の悪い男だった。
「ハルカの姐さん!」
「あ、宿の新人なら募集してませんよ?」
「な、なんでその話をしにきたってわかるんすか!?」
「……あ、本当にそれだったんですね。どこかで噂にでもなってるんですか?」
「依頼から帰ってきたら、ギルドでちらほら話してるやつがいたんすよね。なんだ、募集してねぇのか。してんなら良さそうなやつ何人かいたのに」
額から汗を流しているのを見るに、本当に慌ててやってきたらしい。変わらず真面目に働いているらしいトットに、ハルカは笑って提案する。
「募集はしてませんが、一緒に夕食を食べますか?」
「あ、いいんすか? 俺酒買ってきますよ。あと、報告したいことがあるんすよ!」
「帰り際に買っていきましょう。その様子だと良い報告みたいですね」
「そうなんすよ、実はすね、俺結婚したんすよ。んで、祝いの席に姐さんに参加してほしいんすけど」
「おめでとうございます! お相手はあの食事処の子ですか!?」
「そうなんすよ……。いやぁ、次にあったら必ず報告しなきゃならねぇなって思ってた矢先に、街に来たって聞いたんで……」
「……よかったですねぇ」
初めて出会った時のトットは、その子との関係でひどく荒れていた。そのせいで嫌な思いもしたものだが、改心して、こうして努力を続けて、関係が実ったというのであれば、そんなにめでたい話はない。
出会いこそまずかったが、トットはハルカにとっても気兼ねなく話せる相手の一人である。
めでたい報告が嬉しすぎて、なんだか思わず涙が溢れてきそうだった。
「いやぁ、本当に良かった……」
「ど、どうしたんすか!?」
目元を押さえるハルカに動揺をするトット。
いつの間にやら店じまいしたモンタナがやってきて一言。
「嬉しくて感動してるですよ」
「そ、そうなんすか、そこまで喜んでもらえると、お、俺も……くっ」
トットもまた上を向き、鼻を啜る。
周りからは「なんだかわかんねぇけどおめでとさん」と声がかかり、妙な祝福ムードにトットは声を震わせながら「ありがとよ!」と返すのであった。





