変化
目を覚ました女誑しの男にも事情を説明して、しばらくの間、六人の男を屋敷に泊めてやることになった。女誑しは事情を聴くと涙を流して感謝をしたが、ハルカは感情の激しい人だなぁと思ったし、コリンやモンタナは白けてしまっていた。
とにかくそれぞれに部屋をあてがって、好きに暮らしてもらうことにしたのである。
そうして翌日の朝、食事を終えたハルカへ冒険者たちがぞろぞろと集まってやってきた。すっかりしおらしくなってしまっていて、荒っぽい雰囲気がなかったため、ハルカは何だろうと思いながらも座ったまま対応をする。
「すみません……、これ、俺たちが街から離れてからでいいんで、ギルドに渡してもらえないすかね……。仲良くしてた奴あてに手紙を書いたんですけど……」
「ええ、構いませんよ」
街から出ることもなく一生を終える人も少なくないこの世界だ。
他の街に行くというのはすなわち、今生の別れともなり得る。
それでも今すぐ渡して別れの挨拶をしないというのは、彼らなりに迷惑をかけまいと考えた結果なのだろう。
迷うことなく引き受けたハルカに、男たちはほっとした様子で項垂れながら部屋へ戻っていく。
冒険者の端くれであり、街の北部に暮らしていたからこそ、【悪党の宝】のやり方は噂で聞いていた。彼らが殺すと言えば、きっちり殺すのだ。生き残るためには、大人しくここで待っているのが一番だとわかっている。
男たちが姿を消すと、ハルカは預かった手紙をじっと見てから立ち上がり、自室の引き出しにしまいこんだ。ああも大人しくしているのを見てしまうと、せめて街を出る前に身内にくらい会わせてやりたいと思うのだが、実際にはそれで彼らの身内にまで害が及ぶ可能性もあるだろう。
この辺りで線引きをしておくのが、ハルカたちにとっても、彼らにとっても、そして【悪党の宝】にとっても丁度良い落としどころなのだろうと、小さなため息とともに首を振った。
部屋を出ると、丁度荷物を持ったモンタナが廊下に出てくるところだった。
ぴたりと立ち止まったモンタナと目が合う。
「いくですか」
「そうですね」
今日は露店で店を開く。
元から約束していたことだ。
ごたごたしたことはあるが、一緒にのんびりと青空市場に座って気持ちをリフレッシュするつもりだった。
特に何を話すでもなく横並びで廊下を歩くと、部屋から顔を出していたユーリがすすっと合流。玄関では準備万端なカーミラがうとうとしながら待っていた。
三人に気づくとふわりとほほ笑み「おはようございます」と挨拶をする。
「おはようございます。昼間のお出かけですが、無理していませんか?」
「少しだるい気はするのだけれど……、これは習性だから仕方ないと思うの」
「場所を決めてしまえばのんびりできますから」
話をしながらいざ外へ、というところで女誑しが奥から声を聞きつけてやってくる。
「あのー……、ちょっと外に出たいんですが、一緒にとか駄目ですかね?」
「私たち露店に行くだけですよ?」
「いや、ちょっと北の方で客とかに話をつけとかなきゃなって。ほら、そうしないと懐も寂しいですし……」
ハルカたちの都合など無視して護衛に使おうという魂胆が丸見えだった。
断りを入れようとしたところで、モンタナが短く言葉を伝える。
「護衛料払うですか?」
「あー、いやいや、そういう話ならいいんですよ。……ちなみにおいくらくらいですか?」
「金貨十枚です」
「ばっ…………、いや、大人しくしてます。すいませんね、呼び止めて」
目を見開いて一瞬出かけた言葉は、馬鹿言うな、だろう。
ただ、予定を崩して一級冒険者と特級冒険者を護衛に使おうというのだ。
どんな法外な値段を請求されても仕方ない。
モンタナは支払うと言われても『じゃあギルドに依頼票出すです』と続けるつもりだった。当然その間に護衛をする気はない。
他の宿が命を狙っている相手を護衛して歩くなんて、ただの火種でしかない。黙って大人しくしていろというのが真意である。
外へ出て少し歩いてから、カーミラがぼやく。
「あの子、状況がわかってないようね」
「冒険者たちはいつか街の外へ、って思ってたかもしれませんが、彼は一生を街で過ごすつもりだったでしょうから。動揺は仕方がないことかもしれません」
そうは言いながらも、ハルカだって動揺による行動ではないだろうと薄々気づいている。世の中にはどこまでいっても自分本位な人間はいるものだ。
少々嫌な気持ちになったけれど、外をしばらく歩いてしまえばすぐにそんなことは忘れられる。のんびりするための飲食物をたっぷり買い込んだハルカは、機嫌よくモンタナが広げた布の後ろに座り込んだ。のんびり話したり、行きかう人々を眺めていると、隣でお店開きしている男性がへへっと笑いながら椅子を差し出してくる。
「お嬢さんが地べたはちょっとなぁ」
「あら、ありがとうございます」
当たり前のように受け入れたカーミラに、男はデレデレとした顔をしながら戻っていく。それからはぱらぱらと男がやってきては「白い肌が」とパラソルを、「イスに敷いて」とクッションを渡されたりと、いつの間にやらすっかり快適な環境を築き上げたカーミラである。
ちなみにハルカにもそれなりの数やって来たけれど、申し訳ないからとちゃんとお断りした。
「みんな親切ね」
膝にユーリをのせたカーミラはご機嫌に寛いでいる。
すっかり環境が整ってきたころ、ようやく露店もにぎわい始める。
本命の買い物を終えて、暇つぶしにふらふらと歩き回る客がこちらまで巡ってきたのだ。
胡散臭い呼び込みがあちこちでされる中、モンタナの陣取ったのは一番端の方。商売っ気のない者たちばかりが集まる場所である。
数年前にもいた画家が、今日はなぜかハルカたちの方を見ながら筆を走らせていた。モデルにされているのかと思うと緊張してしまうので、ハルカはできるだけそちらを意識しないようにしていた。





